055.最後の切り札


「お願い……!」
「シャワッ!」

 残るはこの子を……シャワーズを信じるだけ。
 ちょうど小太陽が消えて、チェリムが蕾状態へと戻った。能力が初期化されたところをでんこうせっかで攻めて、一気に倒す。
 これで、残るのはお互いに一体ずつだわ。

「まだ、終わりじゃないから。ロズレイド!」

 両手に赤と青のお花を持つブーケポケモン、ロズレイド。ナタネちゃんのパートナーであり、最強の切り札でもあるポケモンが現れた。
 両者ともしばらく様子見が続き、ふと、シャワーズが足元に力を込めた。同時に、ナタネちゃんが攻撃を仕掛けてきた。

「動きを封じるよ! ロズレイド、しびれごな!」
「命中させちゃダメ! すなかけ!」

 瞬くくらいの時間だった。数秒差で、シャワーズの技のほうが早く決まった。
 おそらく、しびれごなでこちらの動きを封じてから、マジカルリーフやくさむすびで一気に畳みかけるつもりだわ。くさタイプの技を放たれる前に……決めなきゃ!

「シャワーズ! オーロラビームよ!」
「シャワー!」

 フィールドの反対側でナタネチャンが息を呑んだ気がした。冷気を帯びた幻想的な青い光線が、シャワーズの口から放たれて、ロズレイドへと衝突する。
 オーロラビーム。威力は高くないけれど、くさタイプが弱点とするこおりタイプの特殊技。これを覚えるまで、ハクタイの森の手前でレベル上げをしていたのだ。私が考えた中で、ナタネちゃんに対抗できる唯一の技だから。シャワーズ自身はみずタイプのポケモンだから、タイプ一致技としては使えないけど、ダメージを与えるには充分のはず。

「なんていうの。追いつめられたのかしら? でも、これはどうかしら! マジカルリーフ!」
「オーロラビームで凍らせて!」

 草と氷がぶつかりあった。氷に亀裂が入るような鋭い音がここまで聞こえてくる。
 マジカルリーフは必ず相手に命中する技。何枚かの葉っぱはシャワーズを微かに傷付けたけど、大半は凍らせて落とすことができた。

「これで終わりよ! オーロラビーム!」
「シャワーッ!」

 渾身の力を込めて放たれた光線が、ロズレイドを直撃した。しかも、運良くロズレイド急所に当たって、効果は抜群。ロズレイドは数歩ふらつき……倒れた。

「やった……勝っ……た」
「シャワァ!」
「……やったわ」
「シャワシャワッ!」

 あまり実感が湧かないまま、私たちは勝利を手にすることができた。
 力が抜けて思わずその場に座り込む。シャワーズは嬉しそうにその場で飛び跳ねると、撫でてと言わんばかりに頭を押しつけてきたので、思い切り抱きしめた。
 相性なんて、自分たちの頑張り次第でどうにでもなるんだわ。

「おめでと! みずタイプだけで勝っちゃうなんて、レイン、とっても強いんだ!」
「……正直、勝てるか不安だったの。でも」
「うん! レインがポケモンたちを信頼して、ポケモンたちもレインを信頼してたから、勝ち取れた勝利だよ! それを認めて、これをお渡しします!」

 森のような緑色のバッジ――フォレストバッジ。ナタネちゃんが笑顔で差し出してくれたそれを、私は一度ギュッと握りしめてから、トレーナーケースに大切にしまった。
 「ポケモンたち、回復させるでしょ? ここの回復マシーン、使っていいよ」「ありがとう」と、お言葉に甘えて、シャワーズをいったんモンスターボールに戻して、部屋の隅の回復マシンを起動させる。機械の起動音と共に、モンスターボールは癒しの光に包まれた。
 「ところで」と、ナタネちゃんは首を傾げた。

「レインの手持ちがみんなみずタイプなのは偶然?」
「そうね、偶然……かも。シャワーズはみずのいしを掘り当てて進化しちゃったし、ランターンは成り行きで手持ちになったし、ジーランスは化石を掘り当てたからだし。でもね、私はみずタイプのこの子たちと強くなるって決めたの」
「そっか! でも、大変だよ? 特に最後のジムのデンジは、こおりタイプの技も通用しないからね」
「……うん、わかってる」

 デンジ君の話題になって、ふと思い出したことがある。今こそ大丈夫だけど、私は幼い頃、みずタイプのポケモンに恐怖心を抱いていたのだ。

「ね、ナタネちゃん」
「なに?」
「私、昔はみずタイプのポケモンが苦手だったの」

 目を丸くするナタネちゃんの隣で、私は静かに昔を語り始めた。





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