054.水と草のロンド


 ジムリーダーがいる部屋は、花時計の部屋と同じように花や草木が鮮やかに咲く、森のバトルフィールドだった。自動ドアが開いた音を聞いて、ハクタイジムのジムリーダー――ナタネちゃんが振り向いた。

「待ってたよ! あたしがハクタイのジムリーダー! くさタイプ使いのナタネ……え!? レイン!?」
「久しぶり。ナタネちゃん」

 ナタネちゃんは私を見て、その大きな瞳をさらに大きく見開いた。久しぶりの再会がこんな形になってしまって、驚かれるのも無理はない。

「ほんと! 久しぶり! わー、驚いた! チャレンジャーってあなただったんだ!」
「そうなの。今、シンオウ中を旅しているの。どうせ旅をするなら、ジム戦をして力を試してみたいと思ってね」
「へー! いろいろと話を聞きたいけど……まずは勝負! ポケモン勝負、しよーよ!」

 少女と女性の狭間にいるあどけない笑顔が、ジムリーダーとしての顔付きに変わった。楽しそうに不敵に笑い、まるで舞うようにモンスターボールを投げる。
 バトルの始まりだ。ナタネちゃんの第一手はナエトル。ジュン君のパートナーと同じポケモンだ。

「ランターン、お願い!」
「ターン!」
「ランターン?」

 ナタネちゃんは不思議そうに目を細めた。そうね……わざわざ、みずタイプで挑むなんて無謀な真似を普通の挑戦者たちはしないかもしれない。
 でも、私はこの子たちと強くなるって決めたから。だから。

「ナエトル! リフレクター!」

 ナエトルの周りに薄いガラスでできたような壁が形成された。相手の物理防御力が上がった証だ。まずいわね……唯一まともにダメージを与えられる、たいあたりやとっしんといった物理技が封じられたようなものだわ。

「ランターン、あやしいひかり!」

 とりあえず、相手の技を受けないように混乱させておく。
 ランターンは、あやしいひかりやでんじはといった状態異常技を外したことがない。それだけ、彼女の精神力は高い。
 だから、今回も大丈夫だと疑うことなく信じることができた。

「はっぱカッター!」
「ナエー……ナエッ!?」
「っ、混乱ね!」

 思った通り、ナエトルは混乱してしまった。
 安堵の息が漏れる。くさタイプの技を受けたら終わりと考えていい。そのくらい、みずタイプのこの子たちにとってくさタイプは脅威に値するのだ。

「ナエトルが混乱している間にたくわえるを繰り返して!」
「ターン!」

 たくわえる。それは技を重ねるたびに防御力と特殊防御力が上昇する技。一見、限定的にステータスを高めるだけの効果技のように見えるけど、次なる技に繋ぐ切欠となる技でもあるのだ。
 ナエトルの混乱が解ける前に、一回、二回、三回……最大まで蓄えて。

「ナエッ!」
「よしっ!」

 ちょうどそのとき、ナエトルの混乱が解けてしまった。でも、それと同時にナエトルを守るリフレクターも切れた。今が、ダメージを与えるチャンスだわ。

「ランターン! 蓄えたものをはきだす!」
「ランー!」

 最大まで高めた技を放出し、相手を攻撃する。リフレクターが切れたこともあって、ナエトルの体力を半分近くまで減らすことができた。
 ……でも。

「はっぱカッター!」

 木の葉が華麗に舞い、ランターンを切り付ける。効果は抜群の上に、どうやら急所にまで当たってしまったようだ。
 はっぱカッターの厄介なところは、急所に当たる確率が他の技よりも高いということ。ランターンのほうがいくらレベルが高いとはいえ、あと一度でも攻撃を受けてしまえば戦闘不能になってしまう。
 どうか、次に繰り出してくるのが攻撃技じゃありませんように……!

「ナエトル、にほんばれ!」
「ランターン、じたばたして!」

 室内に眩い小太陽が打ち上がり、そしてランターンの技が決まったナエトルはよろめいて倒れてしまった。
 まずは、一勝。でも、少しでも気を抜けばすぐに負けてしまう。

「やられちゃったか! でも、いいわ! この子に繋げられたから!」

 ナタネちゃんのモンスターボールから現れたのは蕾状のポケモン、チェリムだ。その花弁がにほんばれの影響を受けて、可憐に開いた。
 フラワーギフトの特性を持つチェリムの、本当の能力が現れたのだ。チェリムは天候が晴れだと、攻撃と特防の値が上昇する。

「マジカルリーフ!」
「チェリー」

 マジカルリーフ。必ず命中するくさタイプの技を決められて、ランターンは力なく倒れた。ありがとう、と呟いてモンスターボールに戻す。
 足下に待機しているシャワーズか、それともバッグの中のもう一つのモンスターボールか。
 悩むこと数秒、私は躊躇いつつもモンスターボールを投げた。

「ジーランス!」
「ジー」
「えー!? みずタイプといわタイプー!?」

 ジーランス自身はみずタイプといわタイプの複合で、どちらもくさタイプを苦手としている。くさタイプの技を受けてしまえば、通常の四倍ものダメージを受けてしまうことになる。
 おそらく、一度でも攻撃を受けてしまったらランターンのように踏ん張れない。無謀だってわかってる。でも、やるしかないの。

「チェリム、種を植え付けちゃえ! やどりぎのたね!」
「お願い、避けて!」
「ジー!」
「そう! そのまま、いわくだき!」
「ラー!」

 ジーランスを信じて、地道に攻撃をするしかない。
 晴れ状態でいくら能力が強化されたとはいえ、チェリムは防御力がそう高くないポケモンだったはず。何とか数をこなして、相手の技を避けて、小太陽が消えるのを待てば……!

「ジーランス頑張って! もう一度いわくだき!」
「レイン」
「?」
「ジーランスっていわタイプだよね」
「そ、そうだけど……」
「それに、そのジーランスは種族としての平均よりも大きくて、重そうじゃない?」

 ナタネちゃんが不敵に笑った瞬間、こめかみを冷たい汗が伝った気がした。あの技を、使われてしまう……!

「くさむすび!」
「チェリーッ!」
「ジー!」
「ジーランス!」

 恐れていた通り、ジーランスは一度の技で戦闘不能に陥ってしまった。くさむすびは、相手が重いほど効果を発揮する技なのだ。
 ジーランスをモンスターボールに戻す。残ったポケモンはあと一匹。とうとう、追いつめられてしまった。





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