050.永遠の常緑色


――ハクタイの森――

 ヒカリちゃんと別れて、コトブキシティを出発して三日目。私は未だ、ハクタイシティに着いていない。
 というもの、ハクタイの森の手前に一軒の民家があり、そこを拠点として二日間、レベル上げがてらポケモンたちの特訓をしていたからだ。
 次の戦いはナタネちゃん率いる、くさタイプ使いたちが集うジムだ。半端なレベルで行っても負けるだけだから、民家に住む女の人の心遣いに甘えて、二日間だけお世話になった。
 そして今、私は永久の時が流れる場所――ハクタイの森の中にいる。自然の中の空気はどこかひんやりと涼しくて、木々が作り出す天然の迷路の中を歩く。
 折れた枝や落ちた葉を踏む足音は、二つ分だ。

「もうそろそろ、森の洋館が見えてきますね」
「森の洋館。……確か、もう廃墟なんですよね?」
「ええ。ずっと昔に主を失ったらしいの」

 私の隣を歩く女性の深い常緑色の長い髪は、片側に寄せて緩く結われている。髪と同じ瞳は、穏やかな眼差しを私に向けてくれる。
 彼女の名前はモミさん。ラッキーをパートナーとする女性トレーナーだ。ハクタイの森の入り口で、この深い森を一人で抜けるのは心細いから一緒に行かないか、と誘われて行動を共にすることになった。
 森で出くわすトレーナーとダブルバトルをしたり、野生のポケモン相手に一緒に立ち向かったりと、少しの間だけど楽しい二人旅を満喫している。彼女のラッキーは傷付いたポケモンを回復させてくれるので、おかげで、バトルを何度も繰り返しているシャワーズさえも疲れ知らずだ。

「モミさん、バトルのたびに回復してもらってありがとうございます」
「シャワー」
「ううん。あたしのポケモンは回復が得意だけど、攻撃は苦手だから、こっちが助かります」
「ラッキラッキー!」

 この天然の迷路に入って、何時間くらいが経過しただろう。私たちは、他よりも木々や雑草が多い茂る場所に辿り着いた。奥には木々に隠れながらも、古びた洋館が微かに見える。

「あれが、森の洋館ですか?」
「ええ。噂では、幽霊ポケモンが住み着いてるらしいのです。怪しい人影を見たっていう噂もあって」
「そういえば、さっき戦ったサイキッカーさんたちが言ってましたもんね。森の洋館から強い気配を感じる、って」
「ふふ。少し驚かそうと思ったのに。レインさん、幽霊とか信じない人ですか?」
「信じてないわけじゃないですけど、そこまで怖くはないです」

 幽霊やゴースト系のポケモンは、特に苦手というわけではない。幽霊より、幽霊が出るような環境……暗いところは大の苦手だけれど。

「そうなんですね。ハクタイのジムリーダーはからかうと面白いんですよ。彼女は大の恐がりで……あっ! 出口!」

 木々が減ってきたと思ったら森を抜け、整備された道にようやく出られた。木漏れ日ではなく、太陽の光が直に降り注ぐ。
 森に入る前は東側にあった太陽も、中点を通り過ぎてやや西側の空に浮かんでいる。長いことハクタイの森を彷徨っていたみたいだ。

「よかった……ここまで来られたのですね。おかげで用事を済ませられます。あたし一人だったら絶対無理だったわ! ありがとうございます、レインさん!」
「こちらこそ、ここまで楽しかったです。モミさん、ソノオに帰るときはどうするんですか?」
「そのときは……また考えるわ」

 お互いクスクス笑って手を振った。またいつか、会えるといいな。
ハクタイ方面に一歩足を踏み出せば「レインさん!」と背中へ声が投げかけられた。振り向けば、少し遠くにいるモミさんが、両手で口を挟むようにして声を張り上げた。

「ハクタイシティで最近ギンガ団とかいう怪しい人がうろついているらしいの。気を付けてくださいね!」

 ギンガ団。……その名前にまた不安を覚えた。コトブキシティやソノオタウンの件もあるし、関わることにならないといいのだけど。
 ハクタイの森を挟んだ205番道路の後半、大きな池に架けられた橋の上を渡る。釣り人さんたちとバトルしながらハクタイシティへ向かう途中も、不安は心の隅に引っかかったままだった。





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