048.グラシデアを貴方へ
発電所の事件を解決したあと、ヒカリちゃんは無事にフワンテを手持ちに加えて、そのあとは約束通り、ポケモンセンターに戻って二人でポフィン作りをした。ポフィンを作っているときはヒカリちゃんがいて、周りにポケモンたちがいて、賑やかだったから忘れていたけれど、一人になってふと思い出した。
私たちが次に目指すべき場所はハクタイシティだ。
ハンサムさんが言うには、ハクタイシティにはギンガ団のビルがあるらしい。何事も起こらないといいのだけど……
悩み出したら止まらないのが、私の悪い癖だ。
私はゆっくりと起き上がり、ベッドの足元で眠っているシャワーズや、隣のベッドで眠っているヒカリちゃんとポッチャマを起こさないように、バッグを肩からかけて静かに部屋を出た。
少し夜風に当たってこよう。すっきりしたら眠れるようになるかもしれないもの。
――少しだけひんやりとした夜風が、肌を撫でて髪を揺らす。田舎町らしく街灯は少ないけれど、星や月の光が照らしてくれているから、夜も怖くない。月明かりに神々しく照らされるお花たちが、昼間とは別の美しさを放っている。
そのとき、静寂の中に、一際高い声が響いた。
「え?」
なに? 鳴き声? 何か、ポケモンが近くにいる? それも、とても強い力を持つポケモンが……
……『力』が、私の意志を無視して、勝手に発動する。まるでシンジ湖のときのように。
(こっちに来るでしゅ)
「え……?」
(花畑でしゅ。ポケモンに愛された人間、早くミーのところに来るでしゅ)
どこか幼く、特徴的な声に導かれて、私は魔法にかけられたように歩き出した。足が地に触れていないみたいに、ふわふわした足取りで。
町の外れに並ぶ木立を抜けて、一面に広がるお花畑。その真ん中に、淡い光を放つポケモンがいる。
両手で抱えられるほどのサイズのそのポケモンは、背中にピンクの花を咲かせている。まるで小さなお花畑みたい。
バッグの中からポケモン図鑑を取り出すと、最後尾の方のデータが新しく埋まった。かんしゃポケモン……
「貴方は……シェイミ?」
(そうでしゅ)
「もしかして、荒れたソノオを復活させたのも」
(そうでしゅ、ミーの力でしゅ)
「すごい……貴方はこのお花畑に住んでいるの?」
(違いましゅよ。今日はお散歩に来たでしゅ。ミーが住んでるのはずっと遠くにある花畑でしゅよ)
シェイミが甘えるように腕の中に降りてきたので、私はお花畑に座り込んでその背中を撫でてあげた。この小さな体に、荒野をお花畑に変えるほどの力を秘めているなんて、とても信じがたい。
だからこそ、このシェイミは『幻』に分類されるポケモンなのだ。
(んんー?)
「どうしたの?」
(グラシデアの花を持ってましゅね?)
「ええ」
(誰に感謝を伝えたいでしゅか?)
そこで私は思い出した。かんしゃポケモン、シェイミ。この子がグラシデアを司るポケモンなんだわ。
私は、バッグの中から冠にしていたグラシデアの花を取り出した。感謝の気持を伝えたい人。このお花をもらったあのときも真っ先に浮かんできた、あの人に。
「小さい頃からずっと一緒にいてくれて、ずっと味方でいてくれている、彼に……デンジ君に。たくさんの『ありがとう』を……」
(了解でしゅ)
眩い光に包まれて、シェイミの姿が見るみるうちに変わっていく。四本の足が長く伸びて、愛らしかった表情もキリッとたくましく……そういえば、いつだったか本で見たことがある。ポケモンの中にはフォルムチェンジという特殊な能力を持つポケモンがいて、姿を自在に変えることができる、と。
姿を変えたシェイミはそのままふわりと浮かぶと、グラシデアの冠を首にかけた。
(ミーが届けてあげましゅ)
「ありがとう。でも、いいの?」
(ミーはかんしゃポケモンでしゅからね。それに、ポケモンに愛された人間にも会えたでしゅから)
同じようなことを、確か言われたことがあるわ。そう……あれは確かシンジ湖の辺で、見たこともない夢のようなポケモンと出会ったときに。ポケモンに愛された人間……と。
飛び立とうとするシェイミに向かって、叫ぶ。
「待って! ポケモンに愛された人間って、どういう……!?」
(そのまんまでしゅよ)
「え?」
(かつてポケモンが愛した特別な人間、ってことでしゅ)
ひらひら、はらはら。シェイミが花弁と共に月夜を駆けていった。
花弁が闇に溶けていく、舞い上がる。一人取り残された私は、声を上げることもできず、シェイミの言葉の意味もわからないまま、ただお花畑に立ち尽くした。
Next……ハクタイシティ