044.真っ直ぐな激情


 ポケモンセンターへと向かう前に、ソノオタウンの景色をもう少し堪能したくなった私たちは、宛もなく歩き出した。綺麗な景色と、楽しいお喋りに夢中になっていると、いつのまにか町の外れまで来てしまった。
 もう少し歩けば205番道路というところで、ポツンと一人で立ち尽くしている女の子を発見した。ヒカリちゃんと二人、目を合わせてみる。あんなに小さい子が一人で、一体どうしたのかしら。

「どうしたの?」

 私は女の子に話しかけながら屈み、視線を彼女のそれと合わせた。表情を見て、はっとする。女の子はその真ん丸な瞳に、涙をいっぱい溜めていたのだ。
 小さい拳は堅く握りしめられていて、何かを耐えているようにも見える。シャワーズが心配そうに拳をひと舐めすると、女の子はゆっくり口を開いた。

「ねーねー、トレーナーさん! あたし、パパに会いたいの!」
「パパに?」
「あたしとパパね、発電所をおうちにしていたの。でも、宇宙人みたいな人がたくさんやってきて……あたしは追い出されちゃったし、パパは何かさせられてるの」

 宇宙人のような……まさか、ギンガ団。

「お願い、トレーナーさん! 発電所のパパに会いたい……」

 決壊た涙は女の子の頬を伝って、地面に黒い滲みを作った。ギンガ団……こんなに小さい子供にまで手を出すなんて。

「……酷い」
「ヒカリちゃん?」
「こんなに小さい子からパパを奪うなんて……許せない」

 女の子と同じように、ヒカリちゃんの声も震えている。でもそれは、女の子の悲しみからくるものとは違って、彼女の怒りが滲み出てきたものだった。
 ヒカリちゃんは女の子を抱きしめると、迷いのない声で言い切った。

「大丈夫。あたしが絶対、パパを取り戻してくるから」
「もちろん、私も行くわ」
「ありがとう……トレーナーさん……」

 女の子にはどこか安全な場所にいるように言い聞かせて、私たちは205番道路を進んだ。ヒカリちゃんが言うには、ずっと真っ直ぐ行けば突き当たりに発電所が見えてくるらしいのだ。
 それにしても、さっきからヒカリちゃんの口数が少ない。ここまで本気になって怒りを露わにしている彼女を見るのは初めてだった。
  私の心境を悟ったのか、ヒカリちゃんは前を見据えながら口を開く。

「あたしにはパパがいないんです」
「え?」
「物心ついたときからママしかいなくて……ママは「パパは旅が好きだから、いつか帰ってくるでしょう」なんて言ってるんですけど」
「ヒカリちゃん……」
「だから、子供から親を奪うなんて許せない」

 紡がれた彼女の過去と、それに伴い湧き上がる怒りが、痛いほどに伝わってくる。うん………私もわかるわ、その気持ち。子供たちにとって、親というものがどれほど大切な存在であるか、痛いほど知っているから。

 ――しばらく歩くと、大きな風車がいくつも建ち並ぶ敷地に入り込んだ。風車の間には、一際目立つ建物が建っている。
 ここが、谷間の発電所。名前の由来の通り、谷間に流れる風を利用して風車を回し、風力発電を行う場所なのだ。発電所の前には、見張り役のギンガ団が一人いる。

「なんだ、おまえたち?」
「中に用があるの。どいて」
「ギンガ団の仲間以外は誰も入れるなと命令されてるんだよ」
「そんな命令、あたしは知らないわ。どきなさい」

 強気なヒカリちゃんに対して、ギンガ団は意地悪く笑い、腰に付けているモンスターボールを一つ外した。

「だったら俺と勝負してみろ! ニャルマー!」
「ポッチャマ!」

 一対一のバトルなら、私は何もできない。シャワーズに応戦してもらう手もあるけど、二対一なんてギンガ団みたいな卑怯な手口、使いたくなんかないから。
 ヒカリちゃんのバトルを見るのは、コトブキシティのトレーナーズスクール以来だったけど、あのときよりもさらに強くなった彼女たちの強さは目を見張るものだった。

「ポッチャマ! はたく!」
「ポチャー!」
「そして、つつく!」
「ポチャチャチャ!」
「とどめよ! バブルこうせん!」

 圧倒的なバトルの末に、ニャルマーは何もできずに戦闘不能になった。勝因は、ヒカリちゃんのバトルの強さだけじゃない。その揺るぎない心の強さが、一番の勝因だった。

「くそ……だからこんなポケモンじゃ……勝てるわけないんだよ」
「そんなの、あんたが弱いだけでしょ! どんなポケモンだってトレーナー次第でいくらでも強くなるんだから!」
「っ……ふん、まぁいい。中に入って発電所キーを使えばもう入ってこれないだろうよ!」
「あっ!」
「待ちなさい!」

 悪役の下っ端は逃げ足が早い、というのはどこの世界でもお決まりらしい。ギンガ団は素早く発電所の中に入り込み、扉を閉めた。
 急いで駆け寄ったけれど、もう遅い。ガチャン、と中から鍵をかけられた音が聞こえた。

「どうしよう……」
「ヒカリちゃん、さっきソノオタウンにもギンガ団の仲間がいたの。もしかしたら、彼らも鍵を持ってるかもしれないわ」
「そっか……! レインさん、行きましょう!」
「ええ」

 そして、私たちはソノオタウンへと踵を返した。向かうのは、町の外れにあるお花畑だ。





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