043.感謝の花束


 お店の中に入った瞬間、空調の冷たい空気といろんなお花の香りに包まれた。鉢植えになっているお花、水に生けてあるお花、観葉植物やプリザーブドフラワーも置いてある。陰に埋もれているお花は一つもなく、どのお花も凛とした強さを持って咲いていて、まるで宝石のように綺麗だ。
 ゆったりとした穏やかなBGMが室内の雰囲気にとてもよく似合うと思った。レジで接客をしている店員さんに話しかけるのは躊躇われたから、私はコダックのじょうろでお花たちに水をあげている店員さんに話しかけた。

「すみません。表の看板を見たんですけど、きのみをいただけるんですか?」
「はい! お一人様につきお一つ、無料で差し上げています! よろしかったらどうぞ」
「ありがとうございます」

 店員さんは棚の上からきのみが入った籠を取り出すと、私たちの前に差し出した。
 普段からもポフィンを作っていて、それなりにきのみの知識がある私は、すぐに目当てのきのみを見付けた。ピンク色をしたモモンのみ、これはランターンの好物の甘いポフィンの材料なのだ。
 隣では、ヒカリちゃんがポッチャマと一緒に悩んでいる。

「ポッチャマはどの味が好きなんだろう」
「前にヒカリちゃんの家で私があげたときは、辛い味を食べていたけれど」
(今度は違う味を食べてみたい)
「別の味も食べたいんですって」
「んー」

 あれこれと、いろんなきのみを手に取ってみて、悩むヒカリちゃん。しばらく決まりそうにないから、私とシャワーズは店内を見て回ることにした。

「どのお花も綺麗ね」
「シャワー」

 お花の香りをかいで、シャワーズはうっとりと目を細めた。一生懸命咲いて、綺麗にコーディネートされたお花を見ていると、こっちまで気分が明るくなってくる。
 自然と頬を綻ばせながら、端から順にお花を見ていると、とあるお花に引き寄せられるように、視線を捉えられた。濃いピンク色をしたお花は、柔らかい甘い香りを漂わせて、控えめに咲いている。

「なんだか優しいお花……」
「グラシデアの花です」

 独り言に返事が返ってきたので、思わず顔を上げる。さっき、きのみの籠を出してくれた店員さんが、コダックじょうろを持ってにこりと微笑んだ。

「昔からこの辺りでは『ありがとう』って気持ちを伝えるときに、グラシデアの花をブーケにして贈っていたのです」
「じゃあ、グラシデアのお花のお陰で、言葉に出さなくても感謝の気持ちが伝わるんですね」
「ええ! 昔、ソノオタウンはポケモンも寄り付かないただの荒れた丘でした。その景色に胸を痛めた人間がいくら花を植えても育つことはなくて……でも、あるとき誰かがふと『ありがとう』の気持ちを伝えると、花が咲き乱れたんです。そのときの花がグラシデア」
「不思議なお話。それって実話なんですか?」
「そう伝えられています。グラシデアの花を司る、幻のポケモンのお陰ともいわれていますけどね」

 花を司るポケモン。私の脳裏には、ラフレシアやキレイハナなんかが出てきたのだけど、幻というほど滅多にいないポケモンでもないし、恐らく違う。そもそも、名前が知れ渡っていたら『幻』の意味がないのだけれど。
 でも、感謝を伝えてくれる、そんな素敵なポケモンがいるのなら、会ってみたいと思った。
 グラシデアのお花をぼんやり見つめながら、そんなことを考えていると、水挿しにしてあるそれは店員さんの手で数本引き抜かれ、私へと差し出された。

「よかったら、どうぞ。代金はいりませんので」
「え? でも」
「ありがとうの気持ち、伝えてください。そんな人がいるのでしょう?」

 ありがとうの気持ち。感謝の気持ち。
 もちろん、たくさんの人に何度だって伝えたい。私を育ててくれた人たち、旅をして出会うことができた人たち、私を支えてくれている人たち。
 でも、私が一番に想いを伝えたいのは……
 「ありがとうございます」と、店員さんにお礼を言ったあと、私はヒカリちゃんのところへと戻った。

「決まった?」
「はい! 結局、辛い味のきのみに……」

 「ポッチャア!」と上機嫌のポッチャマの手には、赤いクラボのみが握られている。目当てのものを手に入れることができた私たちは、ポケモンセンターへと向かうために、いろとりどりを後にした。





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