040.恋とは自惚れと希望の闘争


〜side O-BA〜

 しょうぶどころの魅力といえば、強い奴らが集まることと、お代わり自由の美味い飯が食えることだろう。デンジとのバトルも終わり、減った腹を膨らますために、俺たち二人の指定席であるテレビ前のカウンターに座った。
 今日のメニューはカレーライスらしく、俺のじいちゃん――しょうぶどころ管理人の自慢の一品だ。大きな皿に山のように盛られた飯と、たっぷりとかけられたカレーに、喉を鳴らす。
 俺はそれを口の中にかき込みながら、隣に座るデンジに話しかけようと口を開いた。ちなみにバトルの結果だが……言いたくはないけど、レインから電話があってご機嫌かつハイテンションのデンジに負けてしまった。

「それにしても、おまえさー。昨日からしょうぶどころにいるだろ? 少しは仕事をしろよ」
「仕事したくても、オレまで挑戦者が回ってこないんだよ」
「戦うだけがジムリーダーじゃねーだろ。ジムの点検したり、街の見回りしたりよぉ」
「だから、ジムを開けるときと閉めるときはちゃんと帰ってる」
「俺のフワライドを足に使ってなぁ……!」

 ひこうタイプとでんきタイプを併せ持つポケモンなんてシンオウ地方では見ないけれど、オクタンをサブで手持ちにしている奴が何を言う。ひこうタイプ、一匹いれば頼りになるのにな。それなのに、デンジはひこうタイプのポケモンを持っていないから、フワライドのトレーナーである俺も、こうしてしょうぶどころにいるのだ。
 まぁ、俺のとこもデンジのところと同じく、なかなか出番が回ってこないからいいけどよ。たまにはしょうぶどころなんかで本気で戦わないと、腕が鈍るしな。

「ん?」

 食が進む俺とは逆に、デンジの飯の減り具合が遅い。こいつは元からがっつり食うほうじゃないけど、バトル前と比べてテンションもかなり下がったみたいだし、どうしたんだ?

「何だよ。せっかくじーちゃんが作ってくれたのに。今日のカレー、美味いだろ」
「……美味い、けど」
「?」
「……レインのカレーが食いたい」

 と、ボソリと呟いた。……こいつ、こんなに女々しい奴だったっけ。

「会いたいなら会いに行きゃいいだろ。フワライド貸すぜ?」
「いや、それはダメだ」
「そう言うと思った」

 こういうところ、デンジとレインはよく似ている。いや、おそらくデンジが元からこういう奴で、レインが似ちまったんだろう。
 二人とも、一度決めたことは簡単に揺らいだりしないのだ。
 デンジなりに、レインの成長を待つと決めたんだ。それに、レインが相当の覚悟で旅立ったことを知っているはずだから、自ら会いには行かないだろう。
 それにしても、レインがいなくなってさらに暗くなったな、こいつ。

「まぁ、元気出せよデンジ。お笑いでも見ようぜ」

 元気付けるつもりで曲がった背中をバンッと叩き、俺はテレビのスイッチを入れた。偶然映し出されたその番組は、お笑いでも、ニュース番組でも、この時間帯によく映る昼ドラでもない。
 生放送のワイドショーを放送するテレビには、見知った顔が映し出された。

『今週の期待の新人トレーナーを紹介するこのコーナー! 今日のゲストはナギサシティからいらっしゃいました! レインさんです!』
『こ、こんにちは……』
「レイン!?」
「ぶっ!」
「デンジ汚ぇ!」

 デンジは口に含んでいた水を、あろうことか俺の自慢のアフロに吹き出しやがった。驚く気持ちもわかるが、いやいや待て待て。テレビが見えないからと俺を押し退けるより、濡れた俺の心配をしろよ。
 じいちゃんにタオルを貰って、俺もテレビ画面を凝視する。確か、この番組には昔、俺やデンジも出たことがある。レインが今出演してる、新人トレーナーを紹介するコーナーではなかった気はするが……そういえば、この前は、ナナカマドっていうポケモン博士も出てたな。

『204番道路でポケモンバトルをしているレインさんに、当局の者が声をおかけしたんですよね』
『は、はい』
『そのとき戦っていたシャワーズはいつ頃から手持ちなんですか?』
『えっと、小さい頃からずっと一緒にいます。最近イーブイから進化したんですけど、私の一番のパートナーなんです』
『シャワッ』

 レインの隣で嬉しそうに鳴いた、昔の名残が多少あるが、見慣れないポケモン。うわ……レインのイーブイ、本当にシャワーズに進化してるぜ。バトルを終えてくつろいでいた、ブースターとサンダースも起き上がってテレビを凝視しているから、本当にあのイーブイなんだな。
 場面が切り替わりVTRとしてレインとシャワーズが戦う様子が映し出された。
 タッグバトル相手の素敵ファッションの二人は知らないが、組んでいる子供とはなかなかのコンビネーションだ。バトルの腕はまだまだだが、いい感じに互いを助け合っている。
 四天王としての俺の直感がいっている。……強くなるぞ、こいつらは。

「なんだ。元気そうだな、レイン」
「……ああ」

 ふとデンジのほうを見れば、レインの前でだけ見せるような柔らかい表情をしていた。俺がこの表情を見るときといえば、今のようにその口からレインの話題を聞くときか、またはデンジがレインのことを考えてふけってる場面に遭遇したときか、くらいだ。
 つまりは、レインのことにならないと、デンジはこんな表情をしないということ。本人に自覚はないんだろう。常時こんな表情でいられても、俺にとっては居心地悪いんだけどな。

『では、最後に何かコメントをお願いします』
『え!? コメント、ですか?』
『はい! 今後の意気込みでも、テレビを見ている誰かに伝えたいことでも』
『……じゃあ、たぶん一番私を心配してくれている、幼馴染たちへ』

 デンジの肩が、ピクリと揺れた。レインにとっての幼馴染、それは俺とデンジ以外、他にはいないはず。

『私はこの通り、元気にやっています。だから、二人も自分の強さを追い求めることを止めないで、頑張って下さい。あ、あとはお仕事をサボらないようにね』

 『それでは今日はここまで!』と、司会者の言葉でCMへと入った。トバリデパートの最新アイテムやら、触れあい広場の宣伝やら、そんな情報が耳に流れて目に入ってくる。いらない情報を遮断するように、デンジはテレビの電源を切って立ち上がった。

「帰るかな、ナギサに」
「テレビであんなメッセージ伝えられちゃ、真面目に仕事するしかないよな」
「あれはおまえにだろう。オレには前半だけだ」
「『二人』ってレインは言ってたろうが! つか! 後半は明らかにデンジに向けた言葉だ!」
「はぁ!? しょっちゅうリーグを抜け出してナギサに帰ってくるのはどこの誰だよ」
「誰のお守りのせいだと思ってるんだおまえは……!」

 半分じゃれ合い、半分マジの喧嘩になりつつも、レインのことを話しながらしょうぶどころをあとにする。そして、俺は改めて実感するのだ。
 俺とデンジがこうして言い合いを始めると、真ん中でレインが困ったように、だけど楽しそうに笑うんだ。
 ああ、やっぱり三人一緒が一番楽しいな……と。





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