037.悪は目の前に


――コトブキシティ――

 野生のポケモンやトレーナーとのバトルを繰り返して、一度通った道を戻っていく。数日前に通ったときは黄昏だったし、周りの景色を楽しむ余裕もなく急いでいたから、今歩いている道は全く知らない道のように思えて新鮮だった。
 だんだん人通りが多くなってきて、人の話し声や雑踏を思わせる音が近付いてくる。コトブキシティはもうすぐみたいだ。
 そう思いながら進んでいると、前方から見覚えのある人物が歩いてきた。あの特徴的な人柄は忘れもしない。国際警察のハンサムさんだ。

「おぉ! きみとは数日前に会ったな」
「はい。レインです。お久しぶりです、ハンサムさん。今日もお仕事ですか?」
「ふーむ。ここ数日、コトブキに留まって怪しい奴がいないか調査していたのだが、どうやらいないようなのだよ」
「でも、それってすごくいいことですよね」
「だが、わたしは一つでも多くの悪を裁かねばならない! 別の街を調べるとするよ」
「そうですか、お気をつけて」
「きみも怪しい大人には気を付けろよ!」

 慣れた動作で敬礼をすると、ハンサムさんはその場を立ち去った。以前よりも本物の警官らしく見えるけど、それより私は彼に言われた言葉を気にしていた。
 ……私って何歳に見られているのかしら。どちらかといえば童顔だし、体型も全体的に小柄だけど、さすがに、成人しているとは思われていたい。

「……さぁ。気を取り直して、次の街に行きましょう」
「シャワッ」
「まずは、ソノオタウンに向かわなくちゃいけないから204番道路から荒れた抜け道を通って……」

 コトブキシティの北ゲートを目指して歩く途中、ふとあることを思い出して、タウンマップを開いた。コトブキとソノオの間にある荒れた抜け道は、タウンマップを見る限り洞窟だわ。
 ……どうしよう。

「……?」

 204番道路に近付いてくると、耳に雑踏とは違う声が入ってきた。言い争うように、強くて神経質な口調の、声。そして、垣間に聞こえてくる知り合いの名前に不安を覚えて、私は自然と歩く速度を速めた。

「さあさあ! ナナカマド博士、貴方の研究の成果をタダで我々に寄越しなさい!」
「そうしないと貴方の助手を痛い目に遭わせますよ!」

 よく言えば近代的で個性的な……正直に言えば奇抜なファッションと髪型の男女と、ナナカマド博士とコウキ君が204番道路付近で言い争っている。というよりも、男女が一方的にまくし立てているみたいで、ナナカマド博士は気にした様子はない。コウキ君は博士の隣で、不安そうにしながらも男女を睨み付けている。
 ……ハンサムさん。悪そうな人たち、ここにいますけど。
 とりあえず私は、シャワーズと一緒に二人の元へと駆け寄った。

「ナナカマド博士! コウキ君!」
「レインさん! この人たちが!」
「おお、レイン君か。どうだ、ポケモン図鑑のほうは? 見せてみなさい」
「え? は、はい」

 こんな場面で、なんてマイペースなんだろう。そう思いながらも、ポケモン図鑑とついでにトレーナーケースを渡した。

「イーブイの進化系の一つ、シャワーズ。それからジーランス。シンオウでは珍しいポケモンをゲットしたのだな。研究に大いに役立てる」
「あ、ありがとうございます」
「それにクロガネのジムバッジ! やはり、わたしの見る目は正しかったようだな! レイン君、これからきみはもっと強くなるぞ」
「は、はぁ」

 男女の存在を空気として扱うように、完全に無視しているナナカマド博士。相手も、不快感を露わにした口調で口を開く。

「これは困ったポケモン博士ですね! 我々はお仕事としてお話しているのです」
「というか、我々の話を聞け! というのです」
「おまえたち、煩いぞ! 本当に困った奴らだな。おまえたちの悪いところ、その一。用はないのにいつまでもいるな」
「ですから用は」
「その二。人の話の邪魔をするな」
「それは」
「その三。思い通りにならぬからと大声で脅すんじゃない」
「な」
「その四。集団でいることで強くなったと勘違いするな」
「っ」
「その五。そもそも、そのおかしな格好は何なのだ!?」
「「……」」

 ナナカマド博士の叱責には当然のように説得力があった。正論だけど、でも、最後のはさすがに私だったら何も言い返せない。二人にとってもこれが地雷だったようで、唖然として黙り込んでしまった。

「やれやれ……ダメな大人というやつだな。おまえたちはこんな風になるなよ」
「はい! 博士!」

 コウキ君も素直というか、意外に毒舌というか。
 怒りに耐えてた二人だったけれど、それがとうとう爆発した。

「キーッ!! 頭にきました! こうなったら力尽くです! ギンガ団をバカにしたこと、後悔させてあげますよ!」

 その男女――ギンガ団を名乗る二人は、腰に付けているモンスターボールを手に取った。ナナカマド博士は涼しげな表情で、私たちから数歩遠ざかった。

「おまえたち、ちょいと懲らしめてやれ」
「はい!」
「え?」
「レインさん、一緒に戦ってくれますか」

 敵対するギンガ団も男女二人、そして私とコウキ君も二人。二対二のこの状況は、いわゆるタッグバトルだ。ナギサシティにいたころ、デンジ君とオーバ君が組んでいるのを何度か見たことかある。
 私にとっては、もちろん初めてだから不安だけど、でも。

「もちろんよ」

 やってみないことには、成長しないものね。





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