036.炎と雷と水の合体技


〜side DENJI〜

「ああ……おめでとう。それで? ……そうか、ハクタイか」

 耳元に流れてくる、弾むように嬉しそうな、ソプラノの声。決して耳障りな高さではなく、まるで波の子守歌を聴いているときのように、ひどく心地良い。レインの声は、そんな声だ。

「ああ。じゃあ、またな」

 クロガネシティでの報告を聞き終えると、名残惜しいとは思いつつ通話を切った。ディスプレイに表示されている数分間が、オレとレインを繋いでいた時間であり、先ほどからオレの視界の隅で揺れている、赤いアフロを待たせた時間でもある。
 赤いアフロ――つまりオーバは、ブスッとした口元を隠そうともせず、しかし目元はニヤニヤと弛んでいた。端から見ると、ただ、気持ち悪い。

「なーにが『いや、大丈夫だ』だよ。俺とバトルするって時に」
「バトルはおまえを呼び出せばいつでもできるけど、レインからの電話は貴重だからな。優先するのも当たり前だろ」
「別にいいけどよ」

 チャレンジャーがジムへと挑戦に来ても、チマリが挑戦者をボコボコにしてしまうので、挑戦者がオレのところまで来ることは少ない。よって、ジムリーダーのオレは暇で仕方がない状態だ。
 例え、挑戦者がオレの元に辿り着いても、シンオウのジムリーダーの中で最強と謳われるオレが、簡単にバッジを渡すわけもないので、ジムリーダーを越えた先にいる四天王であるオーバも暇だということ。だから、こうやってオーバをしょうぶどころに呼び出して、ストレス発散がてらバトルをしようとしたら、レインから電話が来たのだ。
 レインは昔から、そうだ。用事があって電話をかけてくるときはあるが、世間話なんかでかけてくることはあまりない。なんでも、できれば顔を見て直接話をしたいから、だそうだ。それはオレにとっても、直接会えることに繋がる、とてもいい口実だった。
 やる気満々のサンダースとブースターは、まだ戦わないのか、と主人たちを催促するようにチラチラ振り返っている。

「そういえば」
「あ?」
「レインのイーブイが進化したらしい」
「マジで!? 何に!?」
「シャワーズ。クロガネの地下通路で水の石を発掘したんだと。レイン、これからはみずタイプを育てるらしいぜ」
「シャワーズ……」
「それにしても、小さいころからオレたち三人が揃うとカラフルで信号機みたいだともいわれていたが、ポケモンたちまでそうなるとはな」

 オーバは、熱く燃える灼熱色。オレは、暗闇に光る閃光色。レインは、静かに落ちる流水色。
 赤、金、水色の髪を持つオレたちは小さいころからナギサシティでは有名で、三人揃えばそれは目立って、悪さをしようものならすぐに見付かっていたな。ナギサの信号機トリオ、なんて言われたこともあったっけ。まさか、手持ちまでそれにならい、ほのお、でんき、みずタイプになるなど、あのころのオレたちには想像もできていなかっただろう。
 イーブイ。いや、シャワーズの話を口にすれば、サンダースの様子が明らかに変わった。表情は平静を装いつつも、そわそわして落ち着かない素振りを見せている。会いたいのか……わかりやすいな。ということは、レインのことを考えているときのオレも、端から見たらこんな風なんだろうか。

「デンジ」
「ん?」
「レインがイーブイをシャワーズに進化させたことで、俺の長年の夢が一つ叶おうとしてる」
「は?」

 意味がわからず、オレは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。オーバは グッと拳を作り、目を輝かせながら、いつもバトル前に見せるような表情をしていた。

「俺はブースター! デンジはサンダース! レインはシャワーズで! 三人で戦うんだよ!」
「……それで?」
「ブースターはオーバーヒート、サンダースはでんじは、シャワーズはあまごいを使ってもらう。面白くね!?」
「……どこが?」
「だってよ! トレーナーの名前が技に入ってるんだぜ!? バトル相手も吹き出すって!」
「……三人でバトルなんて聞いたことないけどな」
「いや、タッグバトルがあるくらいだから、近々トリプルバトルなんてのが生み出されてもいいと思うんだ、俺」

 出た、こいつの癖。思い込んだら、というか火がついたら止まらない。
 トリプルバトルなんてあってたまるか。全部で六匹が同時にバトルするんだぞ。その全員が攻撃技でも使ってみろ。そこら一帯が吹き飛ぶぞ。
 仮にバトルが実現したとして、サンダースにでんじはを使わせるまではいいが、一度シャワーズにあまごいをさせたらオーバーヒートどころかほのお技の威力が弱まるだろ。まあ、かみなりの命中率が百パーセントになるオレにとってはいいことではあるが。
 まったく。人にはさんざん電波野郎だと言っておきながら、どっちがだよ。

「……はー」
「なんだよ、ため息なんかついて」
「やっぱり四天王は常識知らずだ」
「何でだよ!?」
「まともなのはキクノさんくらいか」
「だから何でだよ!?」

 「もういい! 俺はレインと二人で燃えるような真剣勝負する!」とオーバが言うから「じゃあおまえはボロ負け決定だな。レインはみず使いになるっぽいし」と返せば「うぉお! しまったぁ!」と、オーバはバトルで負けたときのように燃え尽きてしまった。
 オレなら逆だけどな。じめんタイプの挑戦者とギリギリの駆け引きを交わし、完膚なきまでに叩きのめす爽快感、あの痺れる感じがたまらない。オレの場合は自分が敗北に追いつめられるときほど、オーバの言葉を借りるなら『燃える』のだ。
 レインのトレーナーとしての並以上の資質は、見抜いていたつもりだ。あいつの『力』も加わって、シャワーズたちはすぐに強くなる。オレの元に辿り着くころにはきっと、今までのレインたちとは明らかに違うはずだ。
 なぁ、レイン。おまえはオレをどこまで楽しませてくれるんだろうな。この退屈な日常を打破してくれるのがおまえであることを、オレは切に願っている。



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