035.石の街で掴んだもの


 ポケモンジムに必ず一つは設置されている、ポケモンセンターにあるものよりも簡易的な回復装置が、六つのモンスターボールを乗せて静かに起動している。そのうち三つが私のモンスターボール、残りの三つがヒョウタ君のモンスターボールだ。
 ジム戦を頑張ってくれたポケモンたちの回復を待つ間、私たちは先ほどの戦いを振り返って時間を潰した。

「トレーナーになったばかりのレインちゃんに負けるなんて、僕もまだまだだな」
「ううん。私はみんなみずタイプだったし、同じような形でシャワーズとランターンを戦闘不能にさせちゃったし……まだまだ頑張らなくちゃ」

 でも、と視線を落とす。トレーナーケースにおさまったコールバッジを見ていると、みんなの力を認めてもらえたみたいで、すごく嬉しい。私自身も、トレーナーとして少しは成長できた気がした。
 回復を終えた合図が、装置から響いた。開いたモンスターボールから我先にと出てきたのは、もちろんシャワーズだった。進化しても相変わらず、この子は外が好きらしい。

「シャワー」
「回復、終わったよ」
「ありがとう」
「次のジムはナタネのところだね」

 ヒョウタ君に手渡された二つのモンスターボールをバッグにしまいながら、次のジムがある街を思い浮かべた。
 ナタネちゃんがいるジム、確かハクタイシティだったわね。クロガネシティの北に伸びたサイクリングロードを行けばすぐだった気がするけど、そもそも私は自転車を持っていないし、自転車があったところで急な坂道を進むのは私の体力的に無理だと判断した。
 と、なると。

「207番道路はクロガネ側からは通れないから、一度コトブキまで引き返して、ソノオタウンを目指してハクタイの森を通るといいよ」
「そうするわ」

 ジムを出て、クロガネゲートまで見送ってもらう途中、私たちはタウンマップを覗き込みながら歩いた。少し遠回りになるけれど、まずコトブキシティまでいったん戻り、そこから北に伸びた道路を行けば荒れた抜け道がある。そこを通れば、ソノオタウンはすぐそこだ。
 そこからさらにしばらく進めば、シンオウ一巨大な森であるハクタイの森がある。森の名前の通り、そこを抜ければハクタイシティだ。
 道筋が決まったところで、タウンマップを畳んでいると「レインー!」と聞こえてきて、私もヒョウタ君も同時に振り返った。

「君は確かあのせっかち、じゃなかった。ジュン君!」
「おう! ジムリーダーといるってことは、レインもバッジをもらえたんだな」
「ええ。ジュン君は、探してたポケモンを仲間にできた?」
「バッチリだぜ! ほら!」

 ジュン君が得意げに指さしたベルトには、三つ目のモンスターボールが装着されていた。
 ヒカリちゃんと違って、彼はどんどん仲間を増やしている。次に二人が勝負するときは、勝敗がどう転ぶかわからないわね。

「でさ、おれコトブキに戻る! 次はハクタイのジムバッジ!」
「私と行き先は一緒ね。あ! じゃあ、よかったらクロガネゲート……」
「じゃ、ダッシュ十秒前!」
「え!?」
「九……って、数えてられるか!」

 私とヒョウタ君を押しのけて、ジュン君はクロガネゲートの中へと走って消えていった。呆然とする私の隣では、ヒョウタ君が乾いた笑みを浮かべていた。

「相変わらずせっかちというか彼、強烈なキャラだね」
「……本当に」
「レインちゃん、暗いところ苦手なんだよね? 僕でよかったら一緒に通ろうか?」
「いいの?」
「うん。まだ朝早いから、ジムにもそんなにチャレンジャーは来ないだろうし」
「ありがとう」

 どうせ一人じゃ通れないんだし、お言葉に甘えて、ヒョウタ君の腕を借りた。そのとき、ゲンさんの腕はもう少し高い位置にあったな、と思い出したらなぜか頬が熱くなった。
 朝でも洞窟内では関係なく、相変わらず薄暗い。ヒョウタ君の腕に絡める力を強めると、彼は一瞬体を強ばらせて、ボソリと呟いた。

「……デンジ君に見られたら電撃の刑だな」
「え?」
「なんでもないよ! ……あ!」

 私たちとすれ違うような形で、コトブキシティ側から登山にいく格好をした男の人、いわゆる山男の部類に入るトレーナーが歩いてきた。どうやらヒョウタ君の知り合いらしく、お互い笑顔を浮かべている。

「よう! ヒョウタ君! 彼女を連れてデートか?」
「違いますよ。彼女、ジム戦をしに来たトレーナーなんです」
「ほう、ヒョウタ君に勝ったのか! やるなぁおまえさん!」

 バンバン、と背骨が砕けそうな勢いで叩かれる。地味に、というか、かなり痛い。シャワーズが私の足下で、威嚇して唸っちゃってるし。

「ということは、これが使えるな!」

 男の人がリュックから取り出したのは、わざマシンより一回り大きいディスク状の物体。ひでんマシンだわ。

「中身はいわくだき! これがあると洞窟なんかにある小さな岩を砕くことができるぞ! 特別に教えてあげよう!」
「よかったね! レインちゃん」
「ええ。じゃあ……」

 いわくだきを使えそうなポケモンといえば、私の手持ちの中ではこの子しかいない。バッグの中のモンスターボールの一つから、私はジーランスを呼び出した。

「この子にします」
「任せとけ!」

 ひでんマシン、起動。シャワーズにわざマシンを使ったときと同じように、ジーランスの頭につけた機械の中でひでんマシンがグルグル回る。
 わざマシンとの違いは、ひでんマシンは使い捨てではなく、何度でも使えること。いわくだきのひでんマシンも例外ではなく、回転がおさまっても、ディスクが壊れることはなかった。

「ジーラー」
「これでおまえさんのポケモンはいわくだきを使えるぞ!」
「ありがとうございます」
「次のジム戦も頑張れよー!」

 親切な男の人に手を振って、お互い別の方向を目指して進む。まだポケモンたちは眠っているのか、野生のポケモンには一度も出会さなかった。クロガネシティに向かったときよりも、早く出口まで着いた気がする。
 出口の光が見えてきたところで、私はヒョウタ君を見上げた。

「ここまでで良いわ。ありがとう、ヒョウタ君」
「うん。じゃあ、ナタネのところでも頑張ってね」
「もちろん」
「ナタネはくさタイプ使いだから、苦戦すると思うよ」
「それは覚悟してるわ」
「またクロガネの近くまで来たら寄ってよ。新しい地下通路に案内するから」
「ええ。楽しみにしてるわね」

 じゃあ、と別れて、洞窟を出た。外と中の明るさの違いに、一瞬だけ目がくらみ、視界が真っ白になった。
 目が慣れたころには、炭鉱ばかりのクロガネシティとは全然違う、緑の道が広がっている。お昼を回る前の暖かい日差しが気持ちよくて、私はうんと背伸びしてから歩き出した。
 そのとき、自然と脳裏に浮かんできた人に、どうしても話したいことがたくさんあって。気付けば、スマートフォンを開いて、着信履歴から発信していた。

「もしもし、デンジ君?」
『ああ、レインか』
「おはよう。今、忙しい?」
『いや、大丈夫だ』
「よかった。あのね! 今日、ジム戦でね……」

 一つ目のバッジを手に入れたこと。その前に地下通路で化石を発掘して、新しい仲間が増えたこと。同じく発掘した水の石の影響で、イーブイがシャワーズに進化したこと。それを切っ掛けに、みずタイプのポケモンと一緒に強くなると決めたこと。
 一つ一つ報告する私の隣では、シャワーズが嬉しそうに鼻歌を歌っていた。





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