034.岩と水の攻防戦


 軽くもしっかりした足取りで、爽やかながらもピリッとした緊張感を持って、朝のクロガネシティを歩く。一晩ぐっすり眠ったおかげか、昨日の発掘での疲労はすっかり消え去っていた。
 バッグに二つのモンスターボールを入れて、隣にはシャワーズを連れて。三匹の体調も万全。あとは実力を出し切るだけだわ。
 臨むのは、目の前に建つクロガネジム。

「準備はいい?」
「シャワッ!」

 『クロガネシティ ポケモンジム リーダー ヒョウタ ザ・ロックといわれる男』
 ジムの入り口脇に必ず建っている、ジムの案内板。デンジ君の『輝き痺れさせるスター』もそうだけど、この異名は誰が考えるのかしら。ポケモンリーグの上層部? そう考えている瞬間だけ、緊張を忘れていた。
 ジムの中に入ると、ナギサジムにもいるアドバイザーと目が合った。彼らは、各街にいるジョーイさんやジュンサーさんと同じで、親戚全員がアドバイザーをしているらしく、みんな顔が似ているのだ。
 ジムリーダーはいわタイプ使いだから、みずタイプかくさタイプで挑むといいとアドバイスを受けて、先へと進む。
 クロガネジムの構造は、至ってシンプルだった。というものの、ナギサジムを見慣れているからそう感じるのかも知れない。特別な仕掛けがあるわけでもなく、ジムリーダーがいる部屋まではほぼ一直線だ。
 ジムトレーナーたちを倒しながら進む。全員がみずタイプに弱いポケモンばかりを繰り出すので、シャワーズだけで進むことができた。
 そして、とうとうジムリーダーがいる部屋の前に来てしまった。重い扉を左右に押し開くと、目の前には岩で構成されたバトルフィールドが広がっていた。対峙するのは、もちろん、ヒョウタ君だ。

「おはよう、レインちゃん」
「おはよう。昨日はよく眠れた?」
「ぐっすりだよ」

 「一応、形だけね」と、ヒョウタ君は笑った。

「ようこそ! クロガネシティポケモンジムへ。僕がジムリーダーのヒョウタ。いわタイプのポケモンと共に歩むことを決めたトレーナーさ」

 爽やかな笑みを不敵な笑みに変えて、ヒョウタ君は腰のモンスターボールに手をかける。

「さてと。こちらの使用ポケモンは三体だよ。君のトレーナーとしての実力。そして一緒に戦うポケモンの強さ。見せてもらうよ!」

 ヒョウタ君が繰り出してきたのはイシツブテ。ジムの門下生たちもよく手持ちにしている、いわタイプの代表ともいえるポケモンだ。
 代表的なポケモンなだけに、いわタイプとして特に秀でた箇所や劣っている箇所もない。きっと、いける。

「シャワーズ、お願い!」
「シャワッ!」
「まずは小手調べといこうか! イシツブテ、たいあたり!」
「でんこうせっかで避けて! そのまま攻撃よ!」

 イシツブテのたいあたりを、踊るように軽やかに躱して、そのまま反動を付けて体をぶつける。いわタイプは基本的に素早さが低く、防御力が高い。そして、タイプ相性の問題でノーマル技のでんこうせっかはあまり効いてないみたい。
 ……それなら。

「みずでっぽう!」

 弱点を突けば、弱いものだった。みずタイプの技を前にして、イシツブテは一撃でダウンした。

「イワーク! 次は君だ!」

 続いてヒョウタ君が繰り出したのは、巨体を轟かせたイワークだ。あまりの体格差に、シャワーズは怯んでしまい、相手に攻撃させる隙を与えてしまった。

「ステルスロック!」

 辺りに散らばっていた岩が、天井から釣られたように浮き上がった。でも、浮遊したまま岩は静止して、なにも起こらない。
 何かあるとは思いつつ、浮遊した岩をかいくぐって攻撃するよう、シャワーズに指示した。

「シャワーズ! もう一度みずでっぽう!」
「いやなおとだ!」

 シャワーズが水を放つ前に、金属を擦るような不快音が、フィールド全体に響きわたる。耳を塞いでも、その音はしぶとく耳に入り込んでくる。私がいるバトルフィールドの端でも相当だから、シャワーズは耐えられたものじゃない。

「いわおとし!」
「シャワーッ!」
「シャワーズ!」

 いやなおとで防御力を減らされた状態で、繰り出されたいわおとし。シャワーズは瀕死状態の一歩手前だ。

「戻って! シャワーズ!」

 シャワーズにモンスターボールを向けた、その時。浮遊していた岩が、意志を持ったように、一斉に、シャワーズを攻撃した。モンスターボールに戻ったシャワーズは、戦闘不能だ。

「シャワーズ……」
「これがステルスロックの威力だよ。本来なら交代したポケモンが出てきたときにダメージを与える技だけどね」
「っ……ランターン、お願い!」

 ステルスロックを警戒しつつ、私はランターンを繰り出した。ヒョウタ君の解説通り、岩肌がランターンに食い込みダメージを受けている。
 シャワーズのときのように、ヒョウタ君はきっと防御力を下げてくる。……だから。

「いやなおと!」
「ちょうおんぱ!」

 それに対抗すべき技を、放った。不快音同士がぶつかって、ポケモンだけでなくトレーナーにとっても、立っていられるのがやっと、という厳しい状況だ。
 精神力が勝ったのは……ランターンだった。イワークは混乱状態に陥った。

「イワァ!」
「イワーク!」

 イワークは我を失い、自分を攻撃してしまう。今がチャンスだわ。

「ランターン、みずでっぽう!」
「ラーンー!」

 レベル的にはシャワーズよりもランターンが上。そして、その分ステータスも高く技の威力も高い。
 一撃で倒れたイワークを、ヒョウタ君はモンスターボールに戻した。手持ちはあと一匹なのに、なんて楽しそうに笑うのだろう。

「次のポケモンも同じように倒せるかい? 頼むよズガイドス!」

 ジム戦でのヒョウタ君の切り札、ズガイドス。この子が、昨日発掘を手伝ってくれたラムパルドだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
 ジムリーダーは公式戦の前に、特殊な機械にポケモンを通して、対戦相手となるトレーナーに見合ったレベルまでポケモンの成長を戻すのだ。これは、正式にポケモンリーグで決められている。そうしないと、ジムリーダーに勝てるトレーナーはいなくなってしまうから。
 いくらレベルが下がったとはいえ、踏んだ場数は変わらない。バトルの経験は相手が上なのだ。油断はできない。

「にらみつける!」

 ズガイドスの鋭い眼光が、ランターンを貫く。でも、この子は怖じ気付かなかった。

「そして、ずつき!」
「迎え撃って! とっしん!」

 バトルフィールドの中心で、両者がぶつかる。防御力を下げられた状態で、与えられたダメージはこちらが大きい。でも、まだまだ頑張れる。

「みずでっぽう!」
「避けろ!」

 ランターンが繰り出すみずでっぽうを、ラムパルドは次々に躱していくけど、一撃だけ当てることができた。でも、さすがは切り札だ。今までのように簡単には倒れない。

「まだまだ! 諦めない!! もう一度ずつき!」
「躱して!」

 そう命じたけど、ここは陸地でしかも岩場。ランターンにとっては戦いにくいし、それ以前に動きにくい場所だ。躱すことができずに、ランターンは攻撃を受けてしまった。

「ラーン!」
「っ」
 
 モンスターボールに戻せば、ステルスロックでダメージを受ける。でも、そのくらいならまだ耐えられる範囲だわ。戦闘不能にさせるよりはマシだ、と思った。

「もういいわ! 戻って!」
「ズガイドス、おいうちだ!」

 しまった、と思ったときはもう遅い。ランターンは戦闘不能状態になって、モンスターボールに収まおさった。
 おいうちとは、ポケモンを入れ替えるときに、出ていたポケモンにダメージを与える技だ。ステルスロックの効果も上乗せして、ランターンは大ダメージを受けてしまった。

「ジーランス!」

 私の手持ちも最後の一体。仲間になったばかりのジーランスだ。ヒョウタ君も、最後だと言わんばかりに指示へ熱を込める。

「あと一体だ! 終わらせるよ! ずつき!」

 昨日調べたけれど、いわタイプも兼ねたジーランスは素早さが低い。でも、いわタイプだからか防御や攻撃も高い。ずつきでは、四分の一くらいしかダメージを受けなかった。
 そして、この子はユニークな技を持っていると、教えてもらったの。

「あくびよ!」
「ジーラー」

 あくびは相手の眠気を誘う技。ズガイドスの瞼が、ショボショボと降りてくる。ヒョウタ君が必死に話しかけてるけど、ズガイドスは重い瞼を完全に閉じてしまった。今ならいけるわ。

「みずでっぽう!」
「ズガァー!」
「ズガイドス!」

 二度目のみずでっぽうを受けたズガイドスは戦闘不能。……勝っ、た。

「ジーランス、やったわ!」
「ジー」
「シャワー!」
「ラーン!」
「みんな、ありがとう!」

 戦闘不能になった二匹もモンスターボールから出てきてくれて、私の元に寄り添ってくれる。バトルに勝利して、こんなに嬉しくなるなんて、初めてかもしれない。これは、みんながいたから勝ち取ることができた栄光なのね。





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