033.10年前の真実を探して


「みずタイプかー。僕が不利になっちゃうなぁ」

 ヒョウタ君は苦笑しながら、私に缶ジュースを渡してくれた。プルタブを開けてから渡してくれて、些細なことだけど彼の男の子らしい優しさを感じた。
 ちゃんとお礼を言ってジュースを一口含めば、力を使った発掘で渇ききっていた喉はすぐに潤った。ジュースなんて久しぶりに飲んだけど、甘酸っぱい柑橘系の味が口内に広がって、美味しい。
 地下通路から地上に戻ってきた私たちがいるのは、クロガネ炭鉱の博物館。私が奇跡的にも発掘した、鱗のような化石を復元してもらうためだ。
 ヒョウタ君から博物館の中を一通り案内してもらったあと、まだ終わらない化石の復元を、こうしてロビーで待っている。
 もちろん、私の隣にはシャワーズが陣取っている。膝に乗せるには大きくなってしまったことが、少しだけ残念。
 ヒョウタ君も炭酸ジュースを飲みながら、私の向かい側に腰を下ろして、申し訳なさそうに口を開いた。

「それにしても、ごめんね。結局、遅くなっちゃった。今からジム戦してもいいけど」
「ううん。私も少し疲れちゃったし、ジム戦はまた明日にしましょう」
「ありがとう」
「こちらこそ。今日はすごく楽しかったわ。シャワーズとの絆も深まったし。ねっ」
「シャワッ!」
「でも、今日は本当に疲れたなー」

 大きな欠伸をかみ殺しながら、うんと伸びをするヒョウタ君。そういえば、目の下にうっすらと隈ができている気がする。
 私がそう指摘すれば、ヒョウタ君は眼鏡を取ってゴシゴシと目を擦った。

「昨日あまり寝てないからかな」
「そうなの?」
「うん。昨晩、ミオシティから知り合いが来てさ。滅多に会わない人だから、ついつい長話しちゃって」

 ミオシティ……? そういえば、昨日一緒にクロガネシティに到着した彼は、知り合いに泊めてもらうって……まさか。

「それって……ゲン、さん?」
「そうそう! あれ? レインちゃん、ゲンさんと知り合い?」
「クロガネゲートを一緒に通ってもらったの」

 ……嘘。ゲンさんとは、次はいつ会えるかわからないと思っていたけど、こんなところに知り合いがいたなんて。
 短い間しか一緒にいられなかったけど、彼のことを、もっと知りたいと思った。似たような『力』を持つ私たちだから。でもそれ以上に、彼に惹かれる何かを感じるから。

「ゲンさんとヒョウタ君、どんな関係なの? もし迷惑じゃなかったら、教えてほしいの」
「うん、いいよ。強いていうなら兄弟みたいな感じかなぁ。僕がまだミオの実家に住んでいたころ、鋼鉄島なんかでよく遊んでもらっていたんだ。ゲンさんはポケモンバトルも強いから、最近はしょうぶどころにもたまに顔を出してるよ」
「ゲンさんもミオシティの出身なの?」
「それが、よくわからないんだ」
「え?」

 ヒョウタ君が小さいころからの知り合いなら、知り合ってずいぶん経っているはずなのに。

「僕が十歳の時だから……十年くらい前かな。あるとき、ゲンさんはルカリオと一緒にふらっとミオに現れたんだよ」
「十年前……」
「ゲンさんも今より若かった気がするけど、実際の年齢は僕も父さんも知らない。本人、昔の記憶がないって言ってるんだ。名前だって、父さんがゲンって呼び出したから本名ではないしね」
「記憶がない……」
「あ、父さんとゲンさんは修行仲間なんだよ。同じはがね使いだし、父さんはゲンさんにジムの跡継ぎを頼んでるみたいなんだ。ゲンさんに鋼鉄島の家を貸してるのも父さんだし、父さんもゲンさんを息子の一人みたいに思ってるんじゃないかな」

 ヒョウタ君が語り出した話は、ゲンさんという人物を、さらに不思議な霧に包み込むばかりだった。
 そして、まさか、不思議な力以外にも、私との共通点があったなんて。
 十年前、私はナギサシティに、ゲンさんはミオシティに現れて。本当の年齢も、名前も、何もわからない、記憶喪失者。
 これは、偶然?

「ねぇ、ヒョウタ君」
「ん?」
「ゲンさん、まだクロガネにいる? 私、会いたいの」
「いや、僕が家を出るときに帰って行ったけど」
「……そ、う」

 ヒョウタ君から見て、今の私は明らかに落胆しているのでしょう。ゲンさんはすでにクロガネシティにいない。……でも、大きな収穫が一つ。
 私が旅に出た目的。過去の『私』を見付けること。一番の手がかりは、きっと彼……ゲンさんなんだわ。

「……まさかレインちゃん」
「えっ?」
「ゲンさんのことを好きになった、とか……?」

 顔を上げてみれば、そこには青ざめるヒョウタ君がいた。違う……ゲンさんを好きになったとか、そういうことじゃ、なくって。
 でも、もし仮にそうだとしても、なにも青ざめることはないと思うけど……?

「違うわ。そんなんじゃ、なくって」
「本当に?」
「本当よ」
「それならいいんだ。よかったー」
「どうして?」
「いや、レインちゃんに好きな男なんてできたら、デンジ君がどうなるか」
「どうしてデンジ君が出てくるの?」
「それは僕の口からは……」
「はいはーい!」

 私たちの会話を中断させたのは、白衣を着た男の人だった。いかにも「科学者です」という出で立ちだ。彼がこのクロガネ博物館で化石の研究をしているらしく、復元も担当しているのだ。
 彼は持っていたモンスターボールを、私に手渡した。それはあらかじめ、私が渡しておいたモンスターボールだった。

「復元、終わったよー! 珍しい化石だったねー! いい資料になったよー! 大事にしてあげてくださいー!」
「ありがとうございました」

 立ち上がって会釈すると、男の人は鼻歌を歌いながら研究室に戻っていった。そんなに、珍しい化石だったのかしら……?
 新しい仲間と出会えることに、ドキドキしながらモンスターボールを開いた。
 すると、中から出てきたのは。

「ジーラー」
「貴方は……みずポケモン? それとも、いわポケモン?」
「ジーランス! みずタイプといわタイプを併せ持ったポケモンだよ!」

 一瞬、岩が鳴いたと思ってしまったけど、それは間違いなくポケモンだった。バッグからポケモン図鑑を取り出して、すぐさま開いてみる。
 名前はジーランス。みずタイプといわタイプを併せ持つ、ちょうじゅポケモンらしい。一億年以上も姿が変わらないことから、生きた化石と呼ばれている……すごい。
 ジーランスはいわタイプも持っているからか、ヒョウタ君はこのポケモンに詳しかった。

「今は主にホウエン地方の海底に生息してるんだけど、昔はシンオウにもいたんだね! それとも、よその地域から流れ着いたのかな」
「よろしくね、ジーランス。昔の世界のこと、たくさん私に教えてね」
「ジーラー」

 少し低い鳴き声が、永い時を生きたという貫禄を出している。岩肌のような背中をそっと撫でれば、やっぱり岩のようにザラザラとした手触りだった。
 バッグの中のランターンのモンスターボールがカタカタと揺れて、私の隣ではシャワーズが高い声で鳴いた。新しい仲間が加わって、二匹ともとても嬉しそうだった。





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