032.水の調べを奏でるの


 鱗のような化石を見つけたあとは、コツを掴めてきたのか、最初に比べて順調に発掘を進めることができた。力加減次第でどれだけ掘れるかわかってきたし、細かい部分を掘るにはハンマーよりピッケルを使うほうがいいこともわかった。
 化石レベルの大物はさすがにもう見つけられなかったけど、色付きのカケラやプレートなんかを掘り当てることができた。小さい発見だけど、やっぱり嬉しい。
 コンッ! と、他の壁を叩いたときとは違う、高い音が鳴った。

「この音! 何かあるみたい」
「レインちゃんもわかってきたね! さあ、何が出てくるかな」
「ブイー」

 周囲と違う音がした壁を、集中的に叩く。後ろからはヒョウタ君、足下からはイーブイの視線を感じる。
 少しずつ剥がれ落ちていく岩壁から、蒼くて透き通るような石の欠片が見える。あと、もう少し……もう少し……
 そして、ガラガラッ! と、音を立てて崩れた壁から出てきたのは、海を固めたように綺麗な石だった。まるで、デンジ君の瞳みたいな蒼だ。
 それを手に取れば、あおタマやあかタマよりも重く、ずっしりと手のひらに質量を感じる

「綺麗な石……ヒョウタ君、これはあおタマ?」
「いや、それは」
「ブイーッ……!」

 足下にいるイーブイが、今までに聞いたことのない声を上げた。何かを耐えるように、苦しそうに、高い声を地下通路いっぱいに響かせている。すると、私の手のひらにある蒼い石が光を放ち、それに共鳴するように、イーブイの体も光りだした。
 慌ててイーブイを抱き上げようとした私の腕を、ヒョウタ君が掴む。

「イーブイっ!?」
「大丈夫」
「でも!」
「進化だよ」

 ヒョウタ君の言葉に、一瞬頭が真っ白になって、思わず動きを止めた。瞬きをすることも、呼吸をすることさえも忘れてしまったように、私はただイーブイの変化を見つめていた。
 神秘的な光景に見惚れたというよりも、どちらかというと、人間から見たら異様ともいえる光景に目が釘付けになった、といったほうが正しい。十年間、私の隣にいてくれたこの子は、別の生き物に進化を遂げようとしている。
 蒼い石が光を放ち尽くして、ただの石になったとき、イーブイの姿は完全に変わっていた。長かった耳は、みずポケモンのヒレのような耳に。茶色いふさふさの体毛で覆われた体は、水色の細かい体毛で覆われた体に。ふわふわと毛玉のようだった尻尾は、ツルリとした人魚のような尻尾に。

「これって、シャワーズ……よね?」
「さっきレインちゃんが掘り当てたのは水の石だったんだよ! だから、イーブイの細胞と水の石から出た放射線が反応して、シャワーズに進化したんだ」

 初めて見た進化の瞬間は、意外と呆気なく、簡単に終わってしまった。原形を微かに留めてはいるものの、目の前にいるこの子は、体の大きさも、鳴き声も、全てイーブイとは違う。
 心の準備も何もなかった進化の瞬間に、私もこの子も戸惑って、何も言えないまま見つめ合っていると、突然、イーブイ――ううん、シャワーズが泣き出してしまった。

「シャワ……シャワァ……」
「えっ!? どうしたんだい、シャワーズ? 進化できて嬉しくないの?」
「シャ……シャワ……ァ」

 ポロポロ、ポロポロ。体中の水分を出し切ってしまうのではと思うほどに、この子の涙は止まらない。『力』を使うと、鳴き声よりも悲しげなシャワーズの声が聞こえてくる。

(ごめんなさい。マスター、ごめんなさい。進化しちゃってごめんなさい。姿が変わっちゃってごめんなさい。みずタイプになっちゃってごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい。お願い、嫌いにならないで……)

 ポロポロ、ポロポロ。私にまで涙が移る。
 ああ、私は何年この子のパートナーをやっていたの。こんなに不安にさせていたことに、今まで気付かなかったなんて。

「私が貴方を嫌いになんて、なるわけないじゃない……」

 膝を突いて、視線を合わせて、大きくなった体を抱きしめる。今までのように、ふかふかした抱き心地とは少し違うけど、でも。
 泣いている私たちに戸惑いを見せたヒョウタ君が、少し控えめに声をかける。

「どうしてシャワーズは泣いているの?」
「私に……嫌われると、思った、みたい」
「どうして……」
「……私、ポケモンの進化を、怖いって考えたことがあるの」

 そうだ。確か、旅立つ前にデンジ君のジム戦を見ていたときも、彼のサンダースを見てそんなことを考えていた。

「だって、姿が変わるってことは、この子が私の知らない生き物になっちゃうみたいで……」
「……そっか。シャワーズはレインちゃんの気持ちに気付いていたのかもしれないね。二人の関係なら、とっくにエーフィかブラッキーに懐き進化していてもおかしくない。シャワーズは今まで、進化を我慢してたんだね」
「シャワ、シャ、ワァ……」
「……でも、実際体験してみてわかったわ。姿が変わっても、この子がこの子であることに、変わりはないのね」

 だって、この子はこんなにも私を想って涙してくれているんだもの。
 でも、新しい貴方の誕生は、やっぱり笑ってお祝いしたいから。私は涙を拭って、精一杯微笑んでみせた。

「私は貴方が大好きよ。どんな姿になっても、貴方は私の大切なパートナーだもの」
「シャワァ……」
「これからもよろしくね。シャワーズ」
「シャワァ!」

 泣きながらも笑ってくれるシャワーズが愛しくて、もう一度思い切り抱きしめる。ああ、そういえば、あのとき言っていたことが変わってしまったわ。

 ――それは、デンジ君がイーブイをサンダースに、オーバ君がイーブイをブースターに、それぞれ進化させたときのこと。姿が変わった二匹を見て、私はただ呆然とするだけだった。

『二人とも、イーブイを進化させたの?』
『ああ』
『進化させたほうが強くなるしな!』
『元々、進化させるためにカントーから来たんだし』
『そう、だよね……』
『レインはイーブイを進化させねーの?』
『私は……いいの』
『?』
『……』
『ふ、二人はどうしてサンダースとブースターにしたの? イーブイはいろいろと進化の種類があるんでしょう?』
『オレは初めてのジム戦のとき、エレキッドの10まんボルトを使って、初めてバッジを手に入れたんだ。それが本当に嬉しくて……その嬉しさを忘れないように、オレはでんきタイプで強くなると決めたんだ」

 そう語ってくれた、デンジ君。そういえば、彼はジム戦の帰りにコリンクを捕まえて帰ってきた。あのときすでに、彼の心の中には、揺るがない信念が生まれていたのね。
 このとき「デンジ君はもうポケモントレーナーなんだ」と、私と彼の違いに改めて気付かされた気がした。

『ちなみに俺は……』
『こいつは自分の名前がほのおタイプの技のオーバーヒートに似てるからという不純な理由でブースターに』
『不純とはなんだ! 立派な理由じゃねーか!』
『……ふふっ』

 動機はそれぞれだけれど、二人とも格好いいな。
 オーバ君は、熱く激しく燃え上がる炎のように。デンジ君は、速く力強く空を駆ける雷のように。二人とも炎や雷と一緒に、それぞれの強さを追い求めていくのね。

 ――あのときの二人の気持ちが、なんとなくわかった気がする。

「決めたわ、私」
「レインちゃん?」
「私はみずタイプのこの子たちと強くなる」

 デンジ君が与えてくれた私の名前のように、静かに流れるような水の旋律を、シャワーズやランターン、そしてこれから仲間になる子たちと一緒に奏でたい。そう、強く思った。
 ねぇ。切っ掛けは突然だったけど、私に新しい変化を与えてくれたのは、十年前と同じ、シャワーズだったね。





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