030.海の底より深い場所へ


 次の日の朝は、旅立ってから一番の快晴となった。こんな日は、なにかいいことが起きる予感がして、わくわくする。
 窓をいっぱいに開けて朝の空気を吸い込んでいると、イーブイに起こされるヒカリちゃんの悲鳴が聞こえてきて、慌てて止めに入った。イーブイが早起きなのは、旅に出てからも相変わらずだった。
 ヒカリちゃんと一緒に、ポケモンセンター内にある食堂で朝食をとって、そしてしばらくお話して、先にクロガネシティを出る彼女をクロガネゲートまで見送った。なんでも「ジュンやレインさんが持ってるポケッチ、あたしも欲しい!」とのことで、コトブキシティに戻るらしい。
 ヒカリちゃんを見送ったあとは、いよいよ私の番だわ。

「行きましょうか」
「ブイッ!」

 初めてのジム戦。緊張していないっていったら、嘘になる。でも、私には頼もしい仲間が二匹もいる。私が胸を張っていないと、イーブイとランターンに失礼だものね。
 背筋を伸ばして、クロガネジムに臨む。いざ入ろうとしたら先に自動ドアが開いて、せっかちなあの子が出てきた。

「ジュン君!」
「おっ、レインか! 今ごろジム戦か? 相変わらず遅いぞ!」
「ジュン君はこんなに朝早くからジム戦をしてきたの?」
「おう! もちろんナエトルで勝ったけど、ジムリーダーの強さってハンパないのな! ジムリーダーであれだけ強いなら、オヤジってどんだけ……」
「ジュン君のお父さん?」
「ん? なんでも、ない」

 しまった、という顔をして、ジュン君は明後日の方を向いてしまった。どうやら彼は誤魔化すという行為が苦手らしい。目は泳いでるし、そわそわしてて落ち着いてない。
 明らかになにか隠してる感じだけど……追求はしないであげましょうか。

「それよりもさ、ジムリーダーは炭鉱に行っちゃったぜ!」
「えっ? そうなの?」
「ああ。ジムリーダーと勝負するなら、まず炭鉱に行かないとな」
「わかったわ。教えてくれてありがとう」
「おう!」
「ジュン君はもう次の街に行くの?」
「いや、207番道路で捕まえたいポケモンがいるから、修行がてらあと一日クロガネにいるぜ!」
「じゃあ、会えたらまたあとで」

 ジュン君に言われたとおり、踵を返してクロガネシティ南部にある炭鉱に向かう。
 それにしても、さすがはヒョウタ君だ。ジムリーダーだけじゃなくて、炭鉱をまとめる発掘チームの隊長をしている彼は、多忙なのだ。私よりも年下なのにすごいなぁ、と素直に尊敬する。
 昨日、クロガネに着いたのは夜だったからあまり見えなかったけど、今は街の様子がよくわかる。作業員さんやワンリキーたちが、重そうな石材や木材などを運んでいる。炭鉱から掘り返された土は、ベルトコンベアーで一気に運んでいるらしい。作業小屋やズリ山の脇を通り、コンベアーの下を通れば、炭鉱の入り口はすぐだった。
 危ないから気を付けるんだよ、と入り口の作業員さんに忠告されて、恐る恐る中に入る。クロガネゲートと違って、炭鉱内は電気が通っていて明るく、ホッとした。作業員さんたちに道を聞きながら、複雑な炭鉱内を奥に進む。
 しばらく進むと、作業服に赤いヘルメットを被った人――ヒョウタ君の後ろ姿が見えてきた。

「ヒョウタ君!」
「えっ!?」

 ハンマーやピッケルや縄といったものを準備していたヒョウタ君は、私の声を耳にすると、こちらを振り返ってくれた。黒縁眼鏡の向こうにある男の子にしては大きな赤茶色の瞳が、大きく見開かれる。

「レインちゃん! 久しぶりだね!」
「本当ね。最後に会ったのは、私がしょうぶどころへデンジ君に連れて行ってもらったとき以来かしら」
「そうそう。デンジ君に勝負を挑んだんだけど、僕ストレートに負けてね」

 「最初からランターンを出してくるんだもんなー、厳しいよ」と、苦笑するヒョウタ君は、改めて私を見ると首を傾げた。

「今日は一人で来たの?」
「ええ。私、今旅してるの」
「へー! あのデンジ君がよく許したね」
「半分、無理矢理出てきたから」

 「今度会ったとき、すごく怒られちゃうかも」と、今度は私が苦笑する番だった。そして、背筋を伸ばして、改めてヒョウタ君を見つめる。

「今日はヒョウタ君にジム戦を申し込みに来たの。私と戦ってください」
「ブイッ!」
「ジム戦かぁ……んー……」
「もしかして、都合が悪い?」
「実は今日、炭鉱から続いてる地下通路に化石を堀りに行く予定なんだ」
「そうなの?」
「うん。朝一番に来たせっかちな男の子とは、その迫力に負けてバトルしたんだけどね」

 ああ、ジュン君。貴方って相変わらず……

「もしよかったら、バトルは僕が帰ってきてからでいいかな?」
「ええ。デンジ君のジム改造みたいに、化石の発掘はヒョウタ君の趣味で大事なお仕事だものね」
「レインちゃんがわかってくれる人でよかったよ。あ! そうだ! 待っている間、暇だよね? レインちゃんも僕と一緒に化石を掘ってみればいいよ!」
「えっ? 私も?」
「うん! きっと楽しいよ! はい、ヘルメット」
「あ、ありがとう」

 半ば無理矢理渡されたヘルメットを、頭に被る。ワンピースにヘルメットってなんだか変な感じだけど……まぁ、いっか。本当に、ヒョウタ君って化石のこととなると人格が変わるんだから。
 「レインちゃんは初めてだからなー。あんまり危なくないコースにしようね」と、笑顔で言ってくるヒョウタ君。お願いだから、あまり怖がらせないで。
 半分は恐る恐る、あと半分はワクワクという気持ちを持って、私たちは炭鉱のさらに深くへと向かうヒョウタ君のあとをついて歩いた。





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