029.叶うのならば今すぐ傍に


〜side DENJI〜

「あー……心、せま」

 レインとの通話を終えたあと、オレはスマホを放ってベッドにうつ伏せた。役目を終えたそれは、今やただの冷たい箱だ。オレとあいつを繋ぐときこそが、オレにとって一番その役目を発揮する。

『何か怒ってるのかなって……』

 怒ってなんかない、レインに対しては。ただ、オレ自身の心の不安定さに苛々しているだけ。余裕がないなんて、情けない。
 そのとき、モンスターボールが開く音が聞こえた。顔だけを横に向ければ、テーブルの上に無造作に置かれたボールの一つから、サンダースが飛び出してきたところだった。
 軽い身のこなしでベッドに飛び乗ると、オレにすり寄ってくるもんだから、逆立っていない体毛を撫でてやった。グルル、と不足そうに鳴いている。サンダースはオレとよく似ているものだから、パートナーのエレキブルよりも、こいつの考えることはわかりやすい。

「そうか。おまえもイーブイに会いたいか」

 オレと似た性格――つまり変なところで不器用で、しかし意外と執着心が強いサンダースは、実はレインのイーブイのことが好きなのだ。好き、とたった二文字を言葉にする勇気は持てないが、気持ちは同じ。お互い、この性格は辛いよな。

「……オレも会いたいよ」

 電話越しに聞こえた、嬉しそうに他の男のことを語るレインの声。いっそ、耳を塞ぎたかった。
 レインがオレの傍を離れている間、他の男に奪われる可能性も0ではないのだ。オーバの言うとおり。本当に、さっさと想いを伝えておけばよかったのかもしれない。
 ……でも。

『声が聞けて嬉しかった』

 ああ、その言葉だけで表情が緩んでしまう。
 オーバ曰く、レインのことを考えているときのオレの顔は『キモい』らしいが、それはそれでいいことだとも言っていたっけ。一人の女に振り回されるのも調子が狂うが、悪くはない。

「男ってのは単純だな、サンダース」
「サンー」
「よし、明日はジムをショウマに任せて、しょうぶどころにでも行ってみるか。どうせ挑戦者も来ないだろうし」
「サンサン!」
「ジムリーダーたちは仕事としても、バクくらいいるだろ」

 しょうぶどころ──それはジムリーダーと、それに相当する実力を持つ者だけが入ることを許される、サバイバルエリアにある建物だ。そこではポケモン同士を戦わせたり、情報を交換したり、ジムリーダーの会合なんかも行われる。
 最近、他のジムリーダーたちは挑戦者が多くて忙しいらしいが、オレのところはレインが旅立ってから数人しか来ていない。レインがまだいたときは、ジムに缶詰するほど忙しかったというのに。……はっきり言って、退屈だ。
 というわけで、たまには、本来の実力を抑制せずに、本気のレベルで戦うのもいいだろう。
 ふと、最近しょうぶどころで見かけるようになった、あいつを思い出した。確か、トウガンさんの紹介で来たあいつ。いつも仮面のような微笑みを張り付けた、はがね使いの男。
 どうも気は合いそうにないが、あいつのバトルを見たとき、その実力は本物だった。確か、名前は……

「ゲン、だったか? ルカリオを連れているあいつも来ればいいな」

 なんせ、トウガンさんに次期ジムリーダーを頼まれているほどの実力者だ。一度は手合わせしてみたい。
 サンダースはオレに同意するように、こくりこくりと頷いた。

『その人、波導っていう不思議な力が……』

 ふと、レインが電話で話していたことを思い出した。ゲンが連れているルカリオは、確かはどうポケモンだったな、と。





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