027.胸の高鳴りがやまない


――クロガネシティ――

「もう出口だ」
「あ……」

 話しに夢中になっていて、洞窟の出口のすぐ傍まで来ていたことに、全然気付かなかった。おかげで、後半はゲンさんにしがみつかなくても、ちゃんと進んで行けたもの。
 洞窟を抜けると、満天の星空が視界いっぱいに広がっていた。もう、あたりはすっかり夜だ。
 天然資源に恵まれた、エネルギーが溢れる炭鉱の街――クロガネシティ。感覚を研ぎ澄ませば、微かに土の臭いがする気がした。

「もう遅い。ポケモンセンターまで送るよ」
「ゲンさんはどうするんですか?」
「わたしは知り合いのところに泊めてもらうつもりだから」

 ゲンさんがクロガネシティを訪れるのは初めてではないようで、迷うことなく道を進んでいく。
 もうすぐお別れだと思ったら、すごく名残惜しい気がした。無意識のうちに、歩く速度を遅めている自分に気付いた。思えば、ゲンさんは初めて会ったときから、私の歩幅に合わせてくれていたんだわ。じん、と胸が熱を帯びた。
 ポケモンセンターまで、本当にあっという間だった。

「今日はいろいろありがとうございました」
「わたしも、きみに会えてよかったよ。じゃあ」

 紺色のスーツが、同じ色の夜に溶けてしまう。これで終わりは……いや、だった。
 遠ざかろうとしたゲンさんのスーツの裾を、思わず掴んでしまった。きょとんとした目の彼と、視線がかち合う。

「いつか、また……会えますか?」

 彼は不意をつかれたように目を見開いた。迷惑だと思われた……かしら。
 そっと手を離して、気まずくて俯いてしまう。そんな私の頭上から、柔らかい声が降ってきた。

「ミオシティ」
「え?」
「わたしの家はミオシティにあるんだ。もしミオに来ることがあれば、立ち寄ってくれて構わない」
「いいんですか?」
「ああ。それに、たまにこうしてシンオウ地方をフラフラしてるから、もしかしたらまたとこかで巡り会うかもしれないね」

 にこりと笑うゲンさんを見て、私も思わず笑みが浮かぶ。次にいつ会えるかはわからない。でも、これが最後じゃないんだわ。

「じゃあ、今日はゆっくり休みなさい」
「はい。おやすみなさい」

 今度はゲンさんの姿が見えなくなるまでちゃんと見送ってから、ポケモンセンターに入った。コトブキシティほどの大きさはないように見えたけど、人口を考えればコトブキシティのポケモンセンターより規模が小さいのも頷ける。
 トレーナーケースからトレーナーズカードを取り出し、ジョーイさんに提示した。ポケモンの回復だけでなく、ポケモンセンターでの宿泊や食事なんかもカードのIDを読み取って行われるのだ。
 ジョーイさんは機械にカードを通すと、それを私に返しながら困ったように眉を下げた。

「今日は一人部屋が満室なの。二人部屋でも大丈夫でしょうか?」
「はい。私は構いません」
「では……」

 渡された部屋の鍵についている部屋番号は、廊下の一番奥の部屋のものだった。
 すでにいるであろう相部屋の人に気を遣って、ノックをしたあとに鍵を開ける。目に飛び込んできたのは、普通のビジネスホテルのような一室と、奥のベッドに腰掛けてくつろいでいるネイビーブルーの見慣れた髪の女の子。それからポッチャマだった。

「ヒカリちゃん」
「レインさん! 今クロガネシティに着いたんですか?」
「ええ。相部屋の相手がヒカリちゃんでよかったわ」
「ポチャポチャ!」
「ブイー!」

 私たちと同じように、イーブイとポッチャマも再会を喜んでじゃれ合っている。実際に別れたのは、つい数時間前なのにね。
 私もポッチャマを撫でてやっていると、ヒカリちゃんは「あっ!」と手を叩いて、トレーナーケース開けて私に見せてきた。トレーナーズカードだけじゃなくて、私と違うところがもう一つある。シルバーに輝くバッジが、トレーナーケースの下に埋め込まれているのだ。

「クロガネジムのバッジ!」
「ブイブイ!」
「ヒョウタ君に勝ったの?」
「はい! ポッチャマが頑張ってくれました! ね?」
「ポッチャー!」
「すごい……! おめでとう」

 ポッチャマはみずタイプだから、ヒョウタ君が得意とするいわタイプに強いとは思っていたけれど。まさかポッチャマだけで勝てるなんて、成長の速さがうかがえる。
 でも、それならポッタイシに進化するころだと思うけど……?

「ポッチャマ、進化したりしなかった?」
「しましたけど、キャンセルしちゃいました。ポッチャマのままのほうが可愛いんですもの! 行けるところまで、ポッチャマのままで頑張ります」
「ポーッチャ!」

 (小さいままでも僕がヒカリを守る!)と、ポッチャマの声が聞こえてきた。それをヒカリちゃんに伝えたら、本当に嬉しそうに笑って、ポッチャマを強く抱きしめた。この、お互いに対する信頼関係が、きっと彼女たちの強さの証なのね。

「レインさんは明日ジム戦をするんですか?」
「ええ。今日はもう遅いし、イーブイとランターンを休ませないと」
「ヒョウタさん、やっぱりすごく強かったですよ! さすが、ジムリーダーって感じで! それに、すごくかっこよくて……」

 ポッチャマを抱きしめたまま、うっとりと夢見るような表情をするヒカリちゃん。確かに、ヒョウタ君って爽やかで人望があって、女の子にもモテるって聞いたことがあるわ。でも本人は化石に夢中だから、女の子にはあまり構わないって聞いたことがあるけど。もちろん、話を聞いたのは彼と仲がいいデンジ君だ。
 そのとき、スマートフォンが音を立てた。私のものだった。噂をすれば、というか、考えた途端に、というか。
 画面に表示された『デンジ君』という文字に、私は自分の顔の筋肉が綻ぶのを感じた。





- ナノ -