022.更なる高みを目指して


「……国際警察って大変なんですね」
「そうね」
「ブイ」
「あっ!」

 ハンサムさんの後ろ姿が完全に人混みへと消えたあと、コウキ君はよくやく我に返った。あまりにも強烈な出会いで、私も忘れかけていた、本来の目的を思い出したようだった。コウキ君は近くにある、赤い屋根の建物を指さした。

「レインさん。そこがトレーナーズスクール。ポケモントレーナーのための学校です」
「そこに、ヒカリちゃんとジュン君がいるのね?」
「たぶん。ぼくが見かけたときは、二人で中に入って行ってましたから。中で勉強してるのかも……」

 そのとき、少し強めの電子音が鼓膜を叩いた。ワンピースのポケットに手を入れて、スマートフォンを取り出してみても、私のそれは音一つ立てていない。
 となれば、発信源は一つ。コウキ君のほうを向けば、彼は慌てた様子でリュックからスマートフォンを取り出していた。ピッ、とボタンを一つ押して、それを耳に当てる。
「もしもし、コウキです。……はい……はい、わかりました。今から向かいます」

 数秒の会話のあと、コウキ君は通話を切った。

「ナナカマド博士の会談が終わったみたいなんで、ぼく行きますね」
「ええ。案内してくれてありがとう」
「いえ。あ! ぼくたち、しばらくコトブキシティにいるんで、また見かけたら声をかけてくださいね!」

 私に背を向けて、街の北のほうへ、おそらくテレビ局に向かって走り去るコウキ君を見送ったあと、私は正面の建物に向き直った。

「ここが、トレーナーズスクール……」

 でも、勝手に入って大丈夫なのかしら。
 とりあえず、私は校舎に入って入り口のすぐ脇にある、事務室に向かった。聞けば、生徒として在籍している人だけでなく、一般にも開放されている部屋がいくつかあるらしい。ポケモンバトルをするための部屋や、たくさんの資料が置いてある図書館なんかも、そのうちの一つらしい。二人がいるのも、きっと一般開放されている部屋のどこかだ。私は会釈をすると、事務室をあとにした。
 廊下を歩けば、いろんなところから授業をする先生の声が聞こえてくる。たくさんある教室の中には、机や椅子が並べられていて、そこに一人一人座って真剣にノートを取っている。普通の学校や、塾みたいな風景だ。
 一つずつ教室を覗いていくと、他とは違う雰囲気の教室を見付けた。先生がいる様子もなく、自習というわけでもなさそう。ノートに何やら書き込んだり、教室の隅で談笑したり、パソコンと睨めっこしたり。きっと、ここが一般開放されている部屋の一つなんだわ。
 教室に足を踏み入れてじっくりと中を見回すと、黒板の前には特徴的な金髪をしたあの子がいた。

「ジュン君」
「んっ!? おっ! レイン!」

 振り向いたジュン君を見て、少しだけ驚いた。だって、数日前に会ったときに比べて、なんだか逞しくなっているような気がしたから。きっと、ここまで歩いてきた道のりが、彼を成長させたのでしょう。
 でも、まだきっとほんの序の口。もっともっと、強くなっていくのね。

「レインも勉強か?」
「ううん。私はそういうわけじゃないんだけど」
「いや! ここで勉強していったほうがいいぜ! おれなんか黒板に書かれてること、ばっちり覚えたし!」

 得意げにそう言ったあと、ジュン君はコンコンと黒板を叩いた。そこには、毒や麻痺、眠りや火傷、凍りなど、ポケモンの状態異常について書かれている。

「自分の大事なポケモンを傷つけたりしないために、頑張るのがトレーナーだからさ」

 酷く優しい眼差しで、腰に下げた二つのモンスターボールを見つめ、愛しそうに撫でる。どうやら、新しいポケモンをゲットしたみたい。
 『力』を使って正体を視ることもできたけど、止めた。だって、次に対戦するときに、フェアじゃなくなるでしょう? ジュン君がボールの中身を解き放つまで、彼の新しい仲間はお楽しみに。

「で、レイン。勉強じゃないなら何しに来たんだよ?」
「ジュン君にお届け物があるのよ。お母さんから、忘れ物って」
「えっ? 忘れたものがある?」

 バッグの中にしまっておいた封筒の中から、タウンマップを取り出してジュン君に手渡した。端から見れば、それはただの紙切れに見える。ジュン君は首を傾げながらもそれを開くと、その正体がようやくわかったらしくパァッと表情を輝かせた。

「なんだこれ……? やった! タウンマップ!」
「あったほうが便利でしょう?」
「おう! サンキュー、レイン!」
「どういたしまして。次はどこに行く予定?」
「うーん。タウンマップで見る限り、次はクロガネシティかな。あそこにはポケモンジムもあるし、捕まえたばかりのポケモン育てるのにぴったりだぜ!」

 やっぱり、旅をするからにはジム巡りもするのね。
 ポケモントレーナーに立ちはだかる最初の壁――クロガネシティのクロガネジム。ジムリーダーは、いわタイプ使いのヒョウタ君だ。彼相手なら、ジュン君のパートナーであるナエトルでも、きっと戦える。むしろ、有利になるかもしれない。くさタイプはいわタイプに強いから。

「ということで、おれの最強トレーナーへの道が始まるのであった! じゃな!」
「あっ! ちょっと待って! ヒカリちゃん知らない?」
「ヒカリなら隣の部屋でバトルの訓練をしてるぜー!」

 お礼を言う隙を与えずに、ジュン君は一目散に教室を飛び出していった。やっぱり、根本的なところは変わらないなぁ。
 でも、離れていく彼の背中は旅立ったときよりも、確かに大きく見えた。





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