021.ダウトポリスマン


――コトブキシティ――

 コトブキシティ。別名は人が集う幸せの街。
 大きい。まず最初に出てきた感想はそれだった。
 シンオウ地方の中でも、コトブキシティは特に近代的な造りの街並みだ。行ったことのない他の街と比較できないけど、少なくともナギサシティよりは格別に広い。建物も人の数も、ナギサシティの比じゃない。
 グローバルターミナルやトレーナーズスクール、ポケッチカンパニーやテレビ局など、タウンマップにも載っている有名な建物がたくさんあるらしい。少しわくわくしながら、イーブイと一緒に街の中に足を踏み入れた。
 しばらく歩くと、目の前から知っている人物が歩いてきた。その人は私に気付くと、笑顔を浮かべながら駆け寄ってきてくれた。

「レインさん!」

 それは、マサゴタウンで別れたばかりの人物。コウキ君だった。

「コウキ君。先に着いていたのね」
「はい!」
「ナナカマド博士は?」
「テレビ局の人と会談をしています。その間、ぼくは街を見て回ってるんです」
「そうなのね」

 コウキ君と話しながら、視線を辺りに散らばらせる。
 それにしても、本当に人が多いわ。もし、ヒカリちゃんやジュン君がいても、見付からないかもしれない。思わずため息が出てしまう。

「誰か探してるんですか?」
「そうなの。ヒカリちゃんとジュン君にお届け物があるのだけど……」
「あ! 二人ならトレーナーズスクールに入っていくのを見ましたよ」
「本当?」

 こくり、とコウキ君は頷いた。よかった。やっと追いついた。

「もしよかったら、トレーナーズスクールまで案内してくれる?」
「はい。暇だし、いいですよ。こっちです」
「ありがとう」

 コウキ君は歩いてきた方向に踵を返す。私はその少し後ろをついて行く。
 人の流れに沿い、それと同じくらい人の流れに逆らい、イーブイは歩きにくそうだ。その小さな体を抱き上げてやると、ホッとしたように体の力を抜いたようだった。
 イーブイに視線を落としていると、前を歩いていたコウキ君に軽くぶつかった。歩みを止めた彼の隣に並んでみれば、彼はある一点を怪訝そうに凝視している。

「あの人……何してるのかな?」
「……うーん。ちょっと、怪しい、わね?」

 コウキ君が怪訝に思うのも無理はなかった。彼の視線の先にいる、茶色いロングコートを着た中年の男性は、街灯の陰に隠れて辺りをキョロキョロと探っているのだから。本人は目立たないようにしているつもりなんだろうけど、逆にそれが不審で思い切り目立っている。
 恐る恐る、コウキ君は男性に近付いていった。

「あ、あのう……」
「!!」

 凄まじい勢いで振り向いたその人は、鋭い眼差しを持って、そして静かに、口を開いた。

「……なぜ、わたしが国際警察の人間だとわかってしまったのだ!?」
「えっ? えっ! えーっ!? 普通に話しかけただけなのに」
「いーや。わたしをただ者ではないと見抜いて話しかけたのだろう? その眼力、恐るべし……! きみたち、できるな!!」

  その人の勢いを前にして、むしろ「怪しかったから声をかけてみた」なんて、私もコウキ君も言えなかった。

「正体がバレたんだ。自己紹介をさせていただこう」

 自称、国際警察官というその人は、コートの内ポケットから警察手帳を出した。……本物、だ。私とコウキ君が呆気にとられるのも、無理はなかった。

「わたしは世界を股に掛ける、国際警察のメンバーである。名前……コードネームはハンサム! みんな、そう呼んでいるよ!」
「えぇー、ハンサム……」
「珍しいコードネームですね」

 国際警察官――ハンサムさんは警察手帳を懐に戻すと、コウキ君に向き直った。

「ところで、きみ」
「は、はい!?」
「人のものをとったら泥棒、という言葉を知っているか?」
「そ、そりゃあ、そのくらいわかります。ぼく、そんなに子供じゃありませ……」
「そうとも! 人のものをとるのは悪いことだ!」

 コウキ君は完全に、ハンサムさんの勢いに飲まれている。
 ハンサムさんは独特の世界を持ってるというか、マイペースというか。警察官って、変わっている人が多いのかしら。

「で、このシンオウ地方にも、人のポケモンを奪ったりする奴らがいるらしい。そして、わたしは怪しい奴がいないか探していたのだよ!」
「ハンサムさんが一番怪しかっ……」
「それで、お願いだが。もし、わたしを見つけても、仕事だから話しかけないでくれ。怪しい奴がいたら、声をかけてくれて構わない。寂しいから……じゃなくて、仕事だからな!」
「「……」」
「では、また会おう!」

 ハンサムさんは敬礼をすると、ロングコートを翻し、人混みの中に消えていった。彼の垣間見えた本音に深く言及する気力は、私にもコウキ君にも残っていない。ただ、どう見ても不審者にしか見えない後ろ姿を、見えなくなるまで呆然と眺めていた。





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