018.いつだって隣には


 コウキ君の家は海が見える場所にあって、おじいさんと妹さん、そしてお父さんの四人家族だった。コウキ君がナナカマド博士の助手をしているように、お父さんも彼の元で働いていて、研究所に泊まり込みになることが多いらしい。だからか、一般的な家事はコウキ君の役目で、特に料理は相当の腕前みたい。
 今晩のメインだったシーフードカレーは、私とコウキ君で作った。マサゴは海に繋がる砂の町、新鮮な海の幸が豊富にとれるのだ。妹さんやおじいさんも喜んでくれて、ホッとした。
 寝る場所は、コウキ君と妹さんの部屋の床を借りられることになった。来客用の布団を、二人のベッドの間に敷く。
 お風呂をコウキ君の妹さんと入ったあと、しばく三人でお喋りしていたけど、妹さんはニ十一時を過ぎたくらいに眠ってしまった。
 私とコウキ君だけになったあとは、もっぱらポケモンの話が中心だった。私はイーブイを、コウキ君は手持ちの一匹らしいコリンクをブラッシングしながら、お互いの手持ちについて話に花を咲かせる。
 聞くところによると、コウキ君はヒコザルとコリンク以外にも、ケーシィとピィを手持ちにしているらしい。トレーナー歴は、ヒカリちゃんたちより長いみたい。

「レインさんのイーブイ、すごく毛並みが綺麗ですね」
「私、ポフィンを作るのが好きなの。だからかしら。いつもイーブイは私のポフィンを食べてきたから」
「ぼくもポフィンを作るのは好きです。ぼく、ポケモンを戦わせるよりもコンテストに出すほうが好きなんで、コンディションを上げるためにポフィンをよく食べさせるんです」
「なるほど、コンテストね。手持ちもやっぱりコンテストを意識してるの?」
「はい。ヒコザルはかっこよさ部門、コリンクはうつくしさ部門、ケーシィはかしこさ部門、ピィはかわいさ部門専用に育てるつもりなんです。あとは、たくましさ部門のポケモンを育てないと」

 ああ、だからか。私は納得した。トレーナー歴が長いわりに、ヒコザルが進化していない理由。バトルよりコンテストを重視する彼は、あまりポケモンを戦わせないのだと思う。
 確かに、コウキ君は見る限り平和主義みたいだし、おっとりしているから、戦いよりも コーディネーターのほうが向いているのかもしれない。

「今度のコンテストには君を出すからね。ぼくと一緒に頑張ろうね」
「コリンッ」

 コウキ君が優しく撫でれば、コリンクは嬉しそうに鳴いた。コリンクを見ていたら、昔を思い出してきた。デンジ君の手持ちのレントラー、だ。黒い毛並みが自慢の格好いいあの子も、昔は可愛いコリンクだったな。そういえばデンジ君は、あの頃からでんきタイプを育て始めていたっけ。

「レインさん」
「……えっ?」
「ボーッとしてますよ。どうしたんですか?」
「ううん。コウキ君のコリンクを見てたら、私の幼馴染が育てているレントラーを思い出しただけなの」
「幼馴染かぁ。ヒカリとジュンも家が隣の幼馴染だって言ってたなぁ。そういえば、レインさんってどこの出身なんですか?」
「ナギサシティよ。マサゴタウンと同じで海に近い街」
「ナギサシティ……レントラー……!!」

 何やら考えていたかと思うと、コウキ君は弾かれたように立ち上がった。あまりの勢いにベッドにぶつかり、眠っている妹さんが小さく唸る。

「まさか、レインさんの幼馴染って!」

 妹さんが起きるから声を抑えて……と言おうとしたときには、コウキ君はすでに私に背を向けていた。リュックの中から取り出した、薄いコンパクトのようなものを開くと、コウキ君は中身が私に見えるように差し出した。
 蓋の内側にはコウキ君の全身写身とトレーナーデータが記されているトレーナーズカードが、そして下側には各街のジムリーダーの顔写真が載っている。その一番右下にいる、私にとっては見慣れた人物をコウキ君が指さした。

「シンオウ地方最強のナギサシティジムリーダー! でんきタイプ使いのデンジさん!?」
「ええ。そうよ」
「こんなにすごい人と知り合いなんて……レインさん、すごいなぁ……」
「デンジ君に憧れているの?」
「はい! 雑誌やテレビのインタビューを見ていて思うんですけど、デンジさんってすごくクールで格好いいですよね!」

 興奮気味にそう語るコウキ君の話を聞きながら、他の人から見たらデンジ君はそう映ってるんだ、と少しだけ不思議だった。
 確かに、デンジ君は基本的にクールだけれど、それはだいたい公の場でのこと。オーバ君や私の前では、意外と子供っぽい部分があるのは秘密だ。
 デンジ君のことを誇らしく思うと同時に、少しだけ寂しくなった。やっぱり彼は、みんなが憧れるような、雲の上の人なんだ。いつか、もっと強くなって、どんどん高いところに行っちゃいそうで、少しだけ寂しい。嬉しいけど、でも、やっぱり寂しい。

「いつか、デンジ君と戦えるといいわね」
「そうですね。でも、強い人には憧れますけど、ぼくはやっぱりバトルよりコンテスト派なんで。博士の助手としての仕事もあるし、ジム巡りまでは」
「そっか」
「レインさんはジム戦はしないんですか?」
「まだその予定はないんだけれど……」

 実際のところ、どうしたほうがいいんだろう。ジムバッジがないと使えない技があることは事実だし、行けない場所もある。記憶を探すには、バッジを持っていたほうがいいのかもしれない。
 でも、もし勝ち抜き続けることができたら、いずれデンジ君と戦うことになるわ。そのとき、私はデンジ君と戦える?
 今までずっと彼が戦うところを見てきたけれど、私が勝てるとは思えない。でも……

「……そうね。旅して回る途中にジム戦をするのもいいかもしれないわね」
「はい。じゃあ、ここからだとクロガネシティのジムですね。ジュンも挑戦するって言っていましたし」
「きっと、ヒカリちゃんも向かうんでしょうね。二人とも、チャンピオンみたいになるんだーって言ってたから」

 そしてまた、話は盛り上がる。どうして、ポケモンのことを話し出すと、みんな笑顔になって、楽しくって、嬉しいんだろう。
 結局、話し込んだ私たちが寝たのは、日付が変わってからだった。





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