017.見えない絆を紡いで


「わたしはな、誰にでも頼むわけではないのだぞ」
「え?」
「ヒカリとジュン、あの子たちがポケモンを見せに来たとき、すでに彼らの間には絆が生まれておった。だから、図鑑を渡したのだ」

 キラキラ、キラキラ。楽しそうにポケモンのことを語っていた二人が脳裏に浮かぶ。二人はポケモントレーナーとしてはまだ新米で、秘めた力は未知数でも現時点ではまだ未熟。
 でも、ナナカマド博士が見たのは強さじゃない。ポケモンのことを大好きだと思う気持ち。それが二人にあったから、図鑑を託したのだ。

「君もだ。イーブイとの絆、そしてその力。君はポケモンと人間の架け橋になれるような存在だとわたしは思う。だから、その図鑑を託したい」
「……はい」

 今まで以上に、ポケモンと人間が心を通わせられる。ポケモンのことを、人間が理解できる。種族という壁を越えて、互いに寄り添い合える。そんな切欠に、この『力』がなるのなら、嬉しいな。
 ナナカマド博士からもらった言葉を噛みしめていると、コウキ君がリュックから何かを取り出した。私が預かったブルーのポケモン図鑑の色違い、レッドのポケモン図鑑だ。

「ぼくも博士に頼まれて図鑑のページ埋めてるんです」
「じゃあ、私たちの目的は同じ、お友達ね。一緒に頑張りましょう」
「はい」

 お互いに微笑んで、初めて会ったときのように握手を交わす。ヒカリちゃんとジュン君に続いて、小さなお友達がもう一人できた。
 こんなとき、旅っていいなと実感する。 出会うはずがなかった人たちと、こうして巡り会うことができるんだもの。

「おお、そうだ」
「えっ?」
「確かこの辺に……」

 ナナカマド博士が何やら閃いたかと思ったら、テーブルの上に散らばった資料を退かし始めた。何をしているんだろう、とコウキ君と顔を見合わせていると「あったぞ」という声と共に、ナナカマド博士はあるものを私に差し出した。CDケースのようなものに入れられている、ディスク状のもの。これって、確か。

「博士、それって……」
「うむ。わざマシンじゃ。ちなみに、中身は『おんがえし』という技が入っておる。お近付きの印に、これをレイン君に贈ろう」
「いいんですか? ありがとうございます」

 わざマシン。確かデンジ君も使ってたし、聞いたことがある。ポケモンに一瞬で技を覚えさせることができる、ディスク状の使い捨ての道具だ、と。
 私はケースを開いて、中のディスクを取り出してみた。

「おんがえしは、ポケモンが君に懐けば懐くほど、威力が強くなる技だ。この機械にセットしてごらん」
「懐けば懐くほど……イーブイ」
「ブイブイッ!」

 わざマシンをもらったときから、イーブイは私の足下で飛び跳ねていた。お互いの気持ちは一緒だったのね。
 イーブイのことを誰よりも理解しているのは私。そして、私のことを誰よりも信じてくれているのはイーブイなのだ。
 ナナカマド博士が渡してくれた機械にわざマシンをセットして、それをイーブイの頭に被せた。機械の中でディスクが回転する。最初はゆっくりと、そして次第にそれは速く。
 そしてまた、ゆっくりと回転が止まると同時に、わざマシンは半分に割れてしまった。

「ブイーッ!」
「うむ。イーブイに覚えさせたのか。君とイーブイの絆なら、相当な威力を生み出せるであろう!」
「博士ってわざマシンを持ってたんですね。博士も若い頃はポケモン勝負とかしてたんですか?」
「無論」

 コウキ君の問いに、ナナカマド博士は誇らしげに胸を張った。 そして、最後に差し出された手を、私は強く握り返した。

「では、レイン君。君の旅がいいものになることを、わたしも祈らせてもらうぞ」
「はい。ありがとうございました。失礼します。コウキ君も、またね」
「はい!」

 ナナカマド博士とコウキ君、そして白衣を着た人たちに控えめに会釈して、私は研究所を後にした。
 太陽はもう傾きかけていて、空は蒼でもなく闇色でもなく、神秘的な夕暮れ色に染まっていた。

「なんだかすごいことを頼まれちゃったわね。でも、ナナカマド博士との繋がりもできたし、旅にも役立てそうだし、頑張らなきゃ」
「ブイブイ」
「今日はもうすぐ日が暮れるから、町の散策は明日にしましょう。泊まるところを見つけないと……」
「レインさん!」

 さっきまで聞いていた声に名を呼ばれて、思わず足を止めた。振り向けば、コウキ君が走って来るところだった。

「どうしたの?」
「聞き忘れていたことがあって」
「なぁに?」
「今日、どこに泊まるんですか? ポケモンセンターですか?」
「ううん。トレーナーズカードがまだ来ていないから、ポケモンセンターには泊まれないの」
「じゃあ、ぼくの家でよかったらどうぞ」
「いいの?」
「はい。妹とおじいちゃんもいるんですけど、それでよかったら」
「ありがとう! 助かるわ」
「すぐそこなんで案内しますね」

 そう言って、私の隣を歩き出したコウキ君は、意外にも視線が私より若干高かった。成長期だろうから、これからどんどん差が開いていくんだろうな。
 それにしても、昨日から子供たちにお世話になってばかりだわ。と、コウキ君に気付かれないように一人で小さく笑った。





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