014.まるで陽だまりのように


 まだ、半分夢の中にいるみたい。地に足がついているのか、よくわからない。
 イーブイを抱いてフタバタウンに帰ってくると、ちょうど町から出る途中のヒカリちゃんに出くわした。

「レインさん! どこに行ってたんですか?」
「……ちょっと、シンジ湖に。ヒカリちゃんはナナカマド博士のところには行ってきたの?」
「はい! あ、これ見てください!」

 ヒカリちゃんが嬉しそうにバッグから取り出したのは、ピンク色の四角い機械だ。ピピッという音と共にそれが開き、画面にはイーブイの説明文が現れた。
 私はこの機械に見覚えがあった。確かデンジ君も、これとは違う形だけれど同じものを持っていた。

「もしかして、ポケモン図鑑?」
「はい! ナナカマド博士に頼まれたんです。シンオウ地方にいるポケモンたちを見てきて欲しい、って。だから、私も旅することに決めました。ジュンも先に旅立ったみたいなんです」
「そう。じゃあ、これから先どこかで会うかもしれないわね」
「はい。じゃあ、あたしはこれで」

 ポケモン図鑑を閉じて、ヒカリちゃんは私の隣を走り抜けた。その背中を見送っていると、ふと彼女は振り返った。

「あ! レインさん!」
「え?」
「レインさんの話をしたら、ナナカマド博士がレインさんに是非会ってみたいって」
「そう……わかったわ。マサゴタウンに行ったら研究所に寄ってみるつもりだったの。わざわざありがとう」

 そう言い残すと、ヒカリちゃんは今度こそ振り返らずに、フタバタウンを出て行った。私ものんびりしてはいられない。
 フタバタウンやシンジ湖には気になることがいくつかあったけど、たぶんここに留まっていても解決はしないと思う。他の町でも何か発見があるかもしれないし、そろそろ次の町に向かおう。
 最後に、アヤコさんに声をかけてからフタバタウンを発とうと、私はヒカリちゃんの家に向かった。

「アヤコさん」
「お帰りなさい、レインちゃん」
「さっき、ヒカリちゃんに会いました。旅に出るんですね」
「ええ。ナナカマド博士からすごいことを頼まれちゃった、って大ハシャギよ」
「……心配じゃないですか?」
「そりゃあ、母親としては心配よ。でも、あの子がいろんなことに出会って、色々感じることが、あたしにとっても嬉しいの」
「アヤコさん……」
「たまには帰ってきなさいねって、約束もしたしね。レインちゃんも、すぐに発つんでしょう? はい、これ」
「え?」
「おにぎりを握るくらいしか時間がなくて申し訳ないんだけど、マサゴタウンに向かう途中にでも食べて」
「アヤコさん……ありがとうございます」

 おにぎりが入った包みを受け取ると、私はそれを大切にバッグにしまった。お母さんって、どうしてこんなに温かいのだろう。
 孤児院の母さんを思い出して涙腺が弛みかけていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。

「すみませーん」
「あら、ジュン君のお母さんの声。はーい」

 アヤコさんが返事をして、入ってきた女性――ジュン君のお母さんは、彼と同じように特徴的な髪型をしていた。
 午前中にフタバタウンを回っていてわかったけど、ヒカリちゃんとジュン君の家は隣同士で割と近い。だからあの二人は仲がよくて、きっとお母さん同士も仲がいいんだろうと思う。

「すみません。こちらにジュン、来てます?」
「えっ? 来てないけど……」
「あ、ジュン君ならもう旅立ったって、ヒカリちゃんが言ってました」
「そうですかぁ……って、貴方は?」
「レインといいます。旅をしていて、アヤコさんの家に泊めていただいたんです」
「ブイ!」
「この子は、私のパートナーで、イーブイっていいます」

 自己紹介をして一礼すると、ジュン君のお母さんは「あらー。旅をしてるのー? 若いのに大変ねー。って、うちのジュンも旅を始めたんだったわ」と、自分で自分にツッコミを入れていた。楽しい人だな、と思った。

「ジュン君のことで何かお困りですか?」
「そうなの。あの子『冒険するから!』って、それだけ言って飛び出しちゃって、向こう見ずで無鉄砲だから、これだけは渡しておきたかったのに」

 ジュン君のお母さんは、手に持っている封筒に視線を落とした。それは何かと問えば「タウンマップよ」という答えが返ってきた。
 ジュン君が旅をして回るなら、きっと私が旅するルートと似ているはず。それに、彼はジムリーダーを倒して回りたいと、そう夢を語っていた。それなら、まず最初はクロガネシティのジムに行くはず。そこまで行くには、マサゴタウンとコトブキシティを通らなきゃいけない。
 手持ちの数もまだ少ない彼は、いくらせっかちな性格とはいえ、少しずつポケモンを鍛えながらじゃないと進めないでしょう。それなら、きっと追いつける。

「良かったら私が届けましょうか? きっと行く先は同じと思いますし」
「そう? じゃあ、お願いしちゃっていい?」
「はい」
「ありがとう」

 ジュン君のお母さんからタウンマップが入った封筒を受け取ると、隣から「失敗したわぁ」とため息が聞こえてきた。

「タウンマップかぁ……ヒカリにも渡しておけばよかったかしら」
「あら、じゃあこれを一枚どうぞ。あの子、がさつですぐにものを壊したりするから、二枚入れてるんだけど」
「いいんですか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます。レインちゃん、ヒカリにもいい?」
「はい。ちゃんと届けます」
「じゃあ、ジュンの事よろしくねぇ」

 私たちに会釈したあと、ジュン君のお母さんは帰っていった。彼女が出て行ったドアに、私も手をかける。

「短い間ですけどお世話になりました」
「ブイブイ」
「レインちゃんも、イーブイちゃんも、たまには顔を見せてね。行ってらっしゃい」
「はい……行ってきます」

 『いってらっしゃい』という言葉があるということは、そこに帰れば『おかえり』という言葉が聞けるのでしょう。
 私を迎えてくれる場所が、また一つ増えた。なんて幸せなことだろう。次の町でも、こんなに幸せな出会いがあるといいな。
 私は足取りも軽く、次の町への一歩を踏み出した。



Next……マサゴタウン


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