012.貴方の面影を見たの


 地面にへたり込んで、しょんぼりしているヒカリちゃんとジュン君を見ると、少し胸が痛むけど。これからきっと、たくさん勝負して、たくさん負けて、そして強くなるんだ。
 アヤコさんは二人の肩をポンッと叩いた。

「二人とも、よく頑張ったわ。レインちゃんもおめでとう」
「ありがとうございます」
「でも、貴方なのか貴方のポケモンなのか、どっちの力なのかわからないけど、すごいわね」
「え?」
「普通のトレーナーのポケモンより、貴方のポケモンたちは成長が早いみたい。イーブイがさっき使ったかみつくも、レベル的にはまだそこまで達していないでしょう」

 それは、自分でも薄々気付いていたことだった。ランターンとバトルの練習を始めた頃、バトル経験のないイーブイが初めからでんこうせっかを使ったり。ランターンとの戦いに勝つたびに、ふつうのポケモン以上に経験値を蓄えたり。
 このイーブイが特別だとばかり思っていたけど、どうやら違うみたい。さっきの戦いだって、ランターンがポッチャマに勝ったとき、レベルが一気に上がっていた。
 気のせいと思っていたけど、他人にまで指摘されるのだから、これも私の『力』なのだろうか。でも、そんなこと、トレーナーじゃない人間には解るはずないのに。

「アヤコさん、わかるんですか?」
「ええ。こう見えて昔、ポケモンを育てたことがあるのよ」

 私にウインクして見せると、アヤコさんは「ポケモンたちも今日はもう疲れちゃったでしょうから、ナナカマド博士のところには明日行きなさいね」と、しょげている二人に声をかけて、家の中に入っていった。 
 ヒカリちゃんも、ジュン君も、パートナーたちを前にして、申し訳なさそうに頭を垂れている。

「ごめんね、ポッチャマ。あたしのせいで負けちゃって……パートナー失格ね」
「おれなんか今日二回も負けたんだぞー。はぁ、ポケモントレーナーとしてやっていけるのかなぁ……」
「ポチャポチャ!」
「ナエー!」

 落ち込んでる二人に、必死に話しかける二匹。何を言っても、種族の違うポケモンと人間にとって言葉の壁は厚い。
 でも、私はそれを越えられる。 瞳を閉じて『力』を使った。

(ねぇ、僕たちの気持ち、わかるよね?)
(伝えて、二人に)

 うん、もちろんわかってるわ。

「モンスターボール越しに二人に会ったとき、ヒカリちゃんに選んで欲しいと思ってた」
「え?」
「ポッチャマがそう言ってるわ」
「ポチャァ!」
「ポッチャマ……っ!」
「ナエトルもよ。ジュン君と一緒なら頑張れる。だから一緒に少しずつ強くなろうって」
「ナエトル、おまえ……」
「ナエー!」
「レインさん、ポケモンの気持ち……ううん、言葉がわかるんですか!?」
「……ええ」

 トレーナーなら、ポケモンの気持ちがわかってもおかしくはない。でも、ポケモンの言葉そのものを理解できるとなると……怖がられるかもしれない。
 でも、私の瞳に映る二人は、キラキラした瞳を私に向けてくれていた。

「すごーい!」
「すっげー!」
「え……?」
「ポケモンの言葉がわかるなんて、すごい! 素敵!」
「だってさ、ナエトルが何をしたいとか、どんな技を指示して欲しいとかも、わかるってことだろ!? すっげー羨ましい!」
「……気持ち悪いとか……思わないの?」
「どうして?」
「はぁ!?」

 ああ、なんて真っ直ぐなんだろう。彼らの瞳には、陰りとか、曇りがない。
 あの人と、同じような瞳を向けてくれる人が、まだいてくれるなんて。

 ――ナギサシティの住民になったばかりの私は、ある日浜辺で一人泣いていた。誰にも見つからないように、岩場の陰に隠れて、必死に声を押し殺していた。
 どのくらい、一人でそうしていたのかわからない。でも、日が傾きだした、そのとき。

『レイン、見つけた』

 デンジ君に見つかってしまった私は、体を震わせてさらに縮こまってしまった。そんな私にお構いなしに、デンジ君は岩場を渡って、私がいるところまで来て、うずくまる私の腕を掴んだ。

『急に孤児院を飛び出したんだって? レインの『母さん』が心配してたぞ』
『……』
『ほら、帰ろう』

 腕を軽く引っ張られたけど、私は頭を振った。そのとき、デンジ君は私が泣いていることに初めて気付いたみたいだった。
 それからは、私の腕からそっと手を離して、私の隣に座ってくれて、私が泣き止んで落ち着くまで、何も言わずに傍にいてくれた。

『……あの、ね。デンジ、君』
『ん? どうしたんだ?』
『今日、ね。頭の中に、ガーディの声が聞こえてきたの』
『鳴き声のことか?』
『違うの……人間の言葉で、聞こえたの』
『人間の言葉?』
『うん……それをみんなに言ったら……気持ち悪い、って。変だ、って。私のこと』
『……』
『だから私、もう帰りたくない……』

 そのときの私には、ポケモンと話せた嬉しさよりも、みんなから異端の目で見られた悲しさのほうが、勝っていた。ただでさえ、孤児院の中では浮いていたのに、さらに孤立してしまったのだ。
 もう、自分の居場所が何処どこもない気がして、悲しくて、また自分の膝に顔を埋めて泣いた。デンジ君も、何も言わずに黙ってる。
 嫌われちゃった、かな。気味悪がられちゃった、かな。
 でも、私の耳に聞こえてきたのは、予想もしない言葉だった。

『……すごい』
『え?』
『レイン、それってすごいな』

 面食らって顔を上げると、そこにいたデンジ君は見たことのない表情をしていた。惚けて夢見るような表情で、目をキラキラ輝かせている。
 デンジ君はおもむろに自分の腰に手をやると、モンスターボールの中からエレキッドを呼び出した。

『じゃあ、今エレキッドがどんなことを考えてるとか、わかるか?』
『……』

 エレキッドをジッと見つめる。『力』を使う感覚は、すでにさっき掴んでいた。 対象となるポケモンを目に映して、意識を集中させる。

(いつも、ぎゅってされて寝るの、嬉しい。でも、少し苦しい……って、伝えてくれる?)

 男の子の声が脳内に響いた。これがデンジ君のエレキッドの声であり、言葉だ。

『眠る時にときね、デンジ君に抱っこされて眠るのがエレキッドは大好きなんだって。でもね、たまに力が強すぎて、苦しいときがあるみたいなの』
『え!? ごめんな、エレキッド。てか、オレに抱き癖があるってレインにバレちまったじゃないか』
『……』

 少し恥ずかしそうに頬を掻いたあと、デンジ君はエレキッドをモンスターボールに戻した。そして、相変わらずのキラキラした瞳で、私を見つめてくる。

『レイン、本当にわかるんだな! ポケモンの言葉が!』
『怖く……ないの?』
『は? 怖がる意味がわからない。ポケモンの言葉がわかるって、トレーナーとして最高に幸せなことだろ』
『でも……』
『他人の言葉になんか耳を貸すなよ。レインはレインだ』

 もう一度私の腕を掴んで、デンジ君は立ち上がった。あまりに勢いがよかったから、私までそれにならう形になる。
 私より少しだけ背の高い彼が、何故が何倍にも大きく見えた気がした。

『帰ろう。今度レインのことを悪く言う奴らがいたら、エレキッドの電気で痺れさせてやるから』
『え!? それ、やりすぎ……』
『いいんだよ。それくらいで』

 にっ、と口角をつり上げて悪戯っぽく笑うデンジ君につられて、思わず私も笑った。

 ――あのとき、デンジ君に言われたから、この『力』を少しずつ好きになることができた。ポケモンと通じ合えることは、本当に素敵なことなんだって思えるようになったの。
 ねぇ、デンジ君。十年前の貴方みたいな目を持った子供たちは、きっと貴方と同じ道を辿るんだね。





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