011.きっと何処までも


 食器を洗い終えたアヤコさんと一緒に、私たち三人は家の外に出た。
 フタバタウンは自体は狭い土地だけど、その割にこの町は広く感じる。隣の家まで距離があり、建物がギュウギュウと並べられていないから、かもしれない。お陰で、家の前でもポケモンバトルができる広さは充分にあった。
 審判はアヤコさん。最初の対戦相手はジュン君。使用ポケモンは一対一の真剣勝負。

「レイン。おれが子供だからって甘く見んなよ!」
「そうよ、レインちゃん。手加減はなしね」
「わかっています」

 手加減なんてしたら、パートナーであるポケモンにも、対戦相手にも、失礼だ。私もまだまだトレーナーになりたてだけれど、全力を出そう。
 私が身構えると、イーブイがジャンプして私の前に飛び出した。対峙するのはもちろん、ジュン君のナエトルだ。

「使用ポケモンは一対一ね。じゃあ、バトルスタート!」

 アヤコさんがバトルの開始を告げる。先に動いたのはイーブイだった。

「イーブイ、たいあたり!」
「ナエトル、からにこもって、まもれ!」

 イーブイは飛び出した勢いのままナエトルにぶつかっていったけど、ダメージは半減されてしまった。
 堅い甲良に跳ね返されるも、イーブイは宙で一回転して綺麗に着地する。たいあたりが効かないなら、もう一ランク上の技で、攻める。

「これは守る暇があるかしら。でんこうせっか!」

 ジュン君が瞬きをする間、だ。イーブイは脚に力を込めて、爆発的な瞬発力を見せ、次の瞬間にはナエトルの目の前に現れていた。
 ジュン君が指示を出す時間を与えず、ナエトルは吹き飛ばされる。 でも、まだ戦闘不能ではなさそうだ。

「なんだってんだよー! いいのくれるじゃねーか! でも、これからが本番だぜ! ナエトル、すいとる!」
「ナエーッ!」

 ナエトルが一鳴きすると、イーブイの体が淡く光り出した。優しい光とは裏腹に、イーブイは歯を食いしばって体力を奪われる喪失感に耐えている。その光がイーブイからナエトルに移ると、ナエトルは微かに体力を回復したみたいだ。
 すいとるは相手から体力を奪う技。相手にダメージを与えて自分は回復する、という一石二鳥の効果を持つ。でも、受けているダメージはまだイーブイのほうが少ない。
 そろそろ、終わらせましょう。

「すなかけで目くらましよ!」

 イーブイが後ろ足で蹴った砂はナエトルの目に命中した。怯んだその隙に、最後の技を与える。

「かみつく!」

 小さくも鋭い歯がナエトルの肌に食い込んだ。ナエトルはそのまま二、三歩ふらつくと、その場に倒れ込んでしまった。戦闘不能、だ。

「ナエトル、戦闘不能。イーブイの勝ちね。勝者はレインちゃん」
「イーブイ。お疲れ様」
「ブイーッ!」

 ランターンと練習で戦っていたとはいえ、ちゃんとしたバトルはこれが初めてで、そして初勝利だ。
 腕の中に飛び込んできたイーブイをしっかり抱きしめて、ほっぺにキスをしてあげた。ジュン君は弱ったナエトルを抱き抱えて、またあの言葉を叫んでいる。

「なんだってんだよー! また負けちまったー!」
「惜しかったね、ジュン。次はあたし!」

 ポッチャマと共に、ヒカリちゃんは前に進み出た。勇ましい。というより、強い目をしている。

「レインちゃん。続けて大丈夫?」
「はい。もう一匹、頼れる仲間がいますから」

 アヤコさんの問いに、バッグの中からモンスターボールを取り出して、答えた。
 ヒカリちゃんたちは、まだこのモンスターボールの中身を知らない。何が飛び出てくるのか、興味津々といった様子だった。

「じゃあ。バトルスタート!」
「頑張ってね! ポッチャマ!」
「ランターン、お願い!」

 モンスターボールを投げると、赤い閃光が煌めき、それはランターンの形を作った。ランターンは水辺じゃないことに少し戸惑い気味だけど、しっかりとポッチャマと向き合っている。
 周りの反応はというと、ヒカリちゃんやジュン君だけでなく、アヤコさんまでも驚いているみたいだった。

「可愛いー!」
「すげー! おれ、マサゴの海でランターンを見たことあるけど、紫色って初めて見た!」
「あたしも。色違いを見るのは初めてだわ」
「マサゴの海……ってことは、ポッチャマと同じみずタイプ!」

 ヒカリちゃんが推理したように、ランターンは確かにみずタイプのポケモンだ。でも、ランターンが複合タイプということにヒカリちゃんはまだ気付いていない。
 技を選んだのは、お互いに同時だった。

「ランターン、ちょうおんぱで混乱させて」
「ポッチャマ! はたく!」

 間接技のちょうおんぱと、直接技のはたく。自分がよっぽど素早くない限り、直接技より間接技のほうが先に当たる。
 先に命中したのはちょうおんぱだった。ポッチャマのはたく攻撃は空を切り、そのまま自分に当たった。

「ポッチャマ!? どうしちゃったの!?」
「ポッチャマは混乱してるのよ。迂闊に技を出したら。自分を攻撃しちゃうわ」
「うそー!?う〜……ポッチャマ頑張って! もう一度、はたく!」

 脳の中のノイズを振り払って、ポッチャマはもう一度小さな翼を振り上げた。
 今度は、決まった。でも、体格差も力の差もあるランターンはびくともしない。

「ヒカリー! あんまり効いてねーぞ!」
「この子、昔から食いしん坊だから体力はすごいのよ。少しくらいの攻撃じゃ倒れないわ」
「……っ!」
「知ってる?」
「え?」
「ランターンにはみず以外にもタイプがあることを」

 バチッ、バチッ! ランターンの頭部にあるライトから微かに火花が飛び散っている。それを見たヒカリちゃんは、私の言いたいことがわかったらしく顔を青ざめた。
 ランターンはみずタイプとでんきタイプを併せ持っているポケモンだ。水は電気をよく通す。子供でも知っている常識だ。

「スパーク!」

 体に電気を帯びた体当たりは、みずタイプのポッチャマに対して効果抜群だった。一撃で戦闘不能になったポッチャマは、倒れようとしたところをヒカリちゃんに支えられた。

「ポッチャマ、戦闘不能。ランターンの勝ち。勝者はレインちゃんよ」
「ありがとう、ランターン」

 ランターンを一度抱きしめて、電気がおさまったライトにキスをして、モンスターボールの中に戻した。
 ランターンとは初めて一緒に戦ったけど、予想以上にうまく行ったと思う。相手がみずタイプだったからか、ランターンが使える技はイーブイとの戦いで知っていたからか。きっと、どちらの理由も含まれていると思う。
 でも、私にはなぜか、もっと他の理由がある気がしてならなかった。





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