010.夢を語る二人の横顔


――フタバタウン――

 ヒカリちゃんの家に招いてもらった私は、テーブルを挟んでヒカリちゃんとジュン君の向かい側に座っていた。テーブルの脇では、ポケモンたちがポフィンを頬張っている。これも、私が作り置きしていたものだ。
 イーブイの好きな苦い味と、ランターンの好きな甘い味、あとはデンジ君のレントラーにあげていた辛い味しかなかったけど、ナエトルもポッチャマもそれぞれの好みの味があったみたいで安心した。
 ヒカリちゃんと今度ポフィンを一緒に作る約束をしていると、目の前のテーブルにチャーハンが並べられた。

「うまそーっ!」
「ママのチャーハン、あたし大好き!」
「あの、私までいただいてよかったんですか?」
「いいのよ。ヒカリの新しい友達なんだし、歓迎しちゃうわ。どんどん食べてね」
「ありがとうございます」

 チャーハンを持ってきてくれたこの女性が、ヒカリちゃんの母親――アヤコさんというらしい。私の隣に座ったアヤコさんを横目で見ながら、脳内の引き出しをこじ開ける。
 どうしてかわからないけど、アヤコさんとは初めて会った気がしなかった。湖で会った、アカギという人にも感じたデジャブを、彼女にも感じている。彼に感じたような緊張感はないけど。……ダメ、思い出せない。
 私がスプーンを持ったまま固まっていると、ヒカリちゃんが首を傾げながら話しかけてきた。

「レインさん、食べないんですか? ママの料理、美味しいですよ」
「あっ、ええ。いただきます……! 美味しいっ」
「お口に合ってよかったわ」

 うん、本当に美味しい。ご飯粒はベトついてないし、味付けも濃すぎずちょうどいい感じ。なにより、アヤコさんが心を込めて作ったという気持ちが伝わってくる。ジュン君なんか、すでにおかわりをしてるんだもの。
 四人で昼食をとりながら、話すのはポケモンたちのこと。ヒカリちゃんたちは、本当に新米トレーナーらしくて、ポケモンと出会ったのもついさっきだったみたい。
 一連の話を聞いたアヤコさんは、少しだけ眉を寄せた。

「それにしても、二人ともナナカマド博士に会えてよかった。そうでなかったら、二人とも草むらでポケモンに……」

 このときばかりは、ヒカリちゃんとジュン君もバツが悪そうだった。
 話を聞くところによると、どうしてもポケモンが欲しくなった二人は、隣町のマサゴタウンに住むナナカマドというポケモン博士に、ポケモンを貰えないか頼みに行こうとしたらしい。でも、そこに行くまでの道のりには草むらがあり、いつポケモンが飛び出すかわからない。ポケモンを持っていない二人には危険な道だ。
 そこでジュン君が考えたというのが『手持ちポケモンがいなくても、野生ポケモンと会う前に草むらを駆け抜ければOK』……という、何とも彼らしい無謀な作戦だった。
 さすがにヒカリちゃんも無茶だと思ったのか、今にも駆け出しそうなジュン君を止めようとしたとき、白衣を着た白髪の老人――ナナカマド博士が現れて、二人を止めたというのだ。もちろん二人はこっぴどく怒られたらしいけど、こうしてポケモンたちを託されたのだから、全ては丸くおさまった、ということかしら。
 アヤコさんは少し表情を和らげると、静かに言った。

「ヒカリ、ポケモンを貰ったのならきちんとお礼をしてきなさい」
「うん。わかってる」
「ジュン君もよ」
「はーい!」
「ナナカマド博士の研究所って、隣のマサゴタウンにあるのよね? 私も寄ってみようかしら」

 どうせ、次の目的地はマサゴタウンに行く以外に何もないのだ。そんなにすごい博士なら、一度は会ってみたい。
 アヤコさんがみんなの分のお皿を片付けようとしたので「片付けくらい私がやります」と申し出たけど「ヒカリとジュン君の話し相手になってあげて」と、やんわりと席に戻された。
 ポッチャマとナエトルとイーブイは、お腹がいっぱいになって元気になったのか、じゃれ合って遊んでいる。その様子を微笑ましげに眺めながら、ヒカリちゃんが口を開いた。

「レインさんはどうしてシンジ湖にいたんですか? フタバタウンの人じゃないみたいだし」
「私ね、ナギサシティから来たの。シンオウ地方を旅しようと思っているのだけど、フタバタウンは私の旅の出発地点なのよ」
「旅かー! 格好いいなー! ポケモンと一緒なら草むらだって平気だしな!」

 キラキラ、キラキラ。ジュン君のオレンジ色の瞳が輝き出した。 夢と未来が詰まった、とても綺麗な輝きだった。

「さっきのポケモン勝負さ、すっごく楽しかったよな! 色んな技があるけど、おれが選んだ技をポケモンが出してくれてさ! もっと勝負して、もっともっとポケモンと仲良くなっていくぜ! おれ!」
「あたしだって! せっかくポケモントレーナーになったんだもの。まだまだ新米で覚えることだらけだけど、ポッチャマを見てるとなんだってできるって思えるもん」
「なっ! あー、おれもレインみたいに旅したいなー! シンオウ地方のジムを回ってさ、ジムリーダーたちを倒して、ポケモンリーグの四天王を倒して、チャンピオンって呼ばれてるすっごく強いポケモントレーナーと戦うんだ!」
「あたしも、いつかチャンピオンと戦えるくらい強くなるんだから! ポッチャマと一緒なら、絶対なれるもん!」

 キラキラ、キラキラ。ヒカリちゃんのネイビーブルーの瞳も、負けじと輝き出す。ああ、本当にポケモンが大好きなんだなぁ、と見ていて嬉しく、そして懐かしくなった。
 十年前、オーバ君とデンジ君の初めてのポケモンであるブビィとエレキッドを見せてもらったとき、二人も今のヒカリちゃんたちと同じ表情をしていた。ポケモンのことが大好きだと話して、自分の夢を笑顔で語る。懐かしい、な。
 少しだけ想い出に浸っていると、ジュン君がテーブルから身を乗り出して話しかけてきた。

「なぁなぁ! 旅するからにはやっぱりジムを制覇するんだろ!?」
「うーん……今のところその予定はないけど」
「なんだってんだよーッ! せっかく旅するのにもったいねーよー!」
「うん。でも……私の旅の目的は別にあるから」

 伏し目気味にそう答えれば、二人は戸惑いながら首を傾げた。
 詮索される前に、誤魔化そう。まだ子供だもの、興味はすぐに逸れる。
 私はイスから立ち上がると、ポッチャマにすり寄られていたイーブイを抱き上げた。

「そろそろ、バトルする?」
「はいっ!」
「やるっ!」 

 やっぱり、ね。思わずクスリと小さく笑う。
 二人の明るく真っ直ぐな素直さが、すごく微笑まして、同時にとても眩しく映った。





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