海の星々と雨の物語


 穏やかな潮風が頬を撫で、髪を遊ばせ、腕に絡みつく。ブーツの底で踏みしめる砂の感触が気持ちいい。
 ナギサシティの北にある浜辺に立ち、水平線まで続く北海を眺めていると、名前を呼ばれた気がして振り向いた。ヒカリちゃんとジュン君とコウキ君が、こちらに向かって走ってきているところだった。

「みんな。ナギサシティに来てたのね」
「はい! デンジさんにリベンジしてきます!」
「ぼくは二人の応援に来ました」
「今度こそバッジをゲットしてリーグに挑戦するぜっ!」
「レインさんは何してたんですか?」

 コウキ君の何気ない問いかけに、私は思わず口元を弛めてしまう。トレーナーズケースを取り出して、中身が三人に見えるように開いた。
 下の段にあるジムバッジをはめるところには、シンオウ地方最後のバッジであるビーコンバッジが輝いている。
 そう。私たちはエレギブルを倒し、デンジ君に勝つことができたのだ。

「今からシンオウリーグに挑戦してくるわ」
「レインさん、シンオウ地方のジムバッジを八個全部手に入れてる!」
「チクショー! すごいな! 悔しいぜ!」
「おめでとうございます! ほら、負けてはいられないね。二人も夢を叶えるために頑張らないと」
「夢?」

 小首を傾げてきょとんとする私に、ジュン君は胸を張って言った。

「おれの夢は最強のトレーナーに、バトルフロンティアのブレーンになること! 今まではオヤジに憧れての夢のような目標だったけど、今は違うぜ! トレーナーとは何か、ポケモンとは何かをおれなりに考えたんだ! 一歩ずつでいいから、おれはおれなりに強くなっていくのさ!」
「あたしはシロナさんみたいにシンオウリーグのチャンピオンになりたいんです! そしていつか、全部の地方のジムを回ってみたい! あたし一人じゃ無理だけど、ポケモンたちがいてくれるから、一緒に強くなるって決めたんです!」

 ヒカリちゃんも眩しい笑顔で夢を宣言した。まるで、二人に初めて出会ったときみたいだ。
 初めて自分のポケモンをもらった二人は、果てしない夢を秘めた瞳をキラキラと輝かせ、これから無限に広がる未来に期待を馳せていた。そして、二人の夢、二人の未来にはいつだってポケモンたちが描かれている。
 それは、きっとコウキ君も同じだ。

「コウキ君は?」
「え、えっと。……ぼくはコンテストを極めたいと思ってます。もちろん、ナナカマド博士の研究も手伝って立派な研究者になりたいけど、学んだことを生かしてポケモンたちの魅力を引き出せたらなって」
「そう。みんな、とっても素敵な夢を持っているのね!」
「レインは? 何かあるんだろ?」

 私の夢。私のやりたいこと。私が思い描く未来。旅に出る前までは、幸せで平凡な毎日を望み、漠然と生きていた。
 でも、今は違う。旅に出て、たくさんのポケモンやトレーナーに触れて、人とポケモンが仲良く暮らす景色を見て、一つの目標ができた。

「私はジムリーダーになりたいの。ポケモンと人との架け橋になるような、そんなジムリーダーになりたい。マキシさんから一緒にジムをやらないかって誘われているから、ポケモンリーグに挑戦したらマキシさんの元で修行するつもりよ。彼は自分の強さを人やポケモンのために使う人だから」

 ギラティナは波導のことを、ポケモンと人が分かり合えるための術の一つだと言っていた。かつて人間と結婚したポケモンが私たちに遺してくれた力を、私は彼らのために使いたい。
 だから私は、自分の力をポケモンと人のために使いみずポケモンのエキスパートであるマキシさんに、弟子入りすることにしたのだ。 ナギサシティの隣街のノモセシティで学ぶなら、ナギサシティから通うこともできるし。

「じゃあ、誰が一番最初に夢を叶えるか競争だ! まずはジム戦! おれが一番だぜーっ!」
「あ、ずるーい! あたしが先よー!」
「二人とも待ってよー! あ、レインさんも頑張って下さいねーっ!」

 三人は私に背を向けて砂浜を走りだした。まだまだ夢には遠いけれど、一歩一歩確実に前進して、きっと夢まで辿り着ける。それまでの道のりは躓いてしまうような出来事もあると思うけれど、躓いたら誰かが助け起こし手を引いて、そうやって助け合い時には競い合って駆けていく。
 三人の後ろ姿をずっと眺めていると、誰かが私に近付いてきた。それは私と同い年ほどの女の人だった。栗色の長い髪を揺らし、真っ白なワンピースと華奢なサンダルを身にまとっている。彼女は私を見て、野原に咲いた花のような微笑みを見せた。

「お友達ですか?」
「ええ。年は離れてるけど、みんな大切なお友達です」
「そうですか。あんな風に何でも話せて競いあえるお友達がいるって素敵ですよね。……あの、これ使ってください。この先はこれがないと進めないから」

 彼女が差し出したのは、たきのぼりが内蔵されたひでんマシンだった。そういえば、灯台から見えるシンオウリーグは巨大な滝上にあり、見る者を圧倒させていたことを思い出した。
 彼女の厚意を有り難く戴き、私はたきのぼりをランターン覚えさせて、ひでんマシンを彼女に返した。

「ありがとうございました」
「これから……リーグに挑戦するんですね」
「はい」
「……あたし、強くなりたくてここまで来たんですけど、いろんなところでいろんな人がポケモンと一緒にいて……それがとても楽しそうであたしまで嬉しくなるんです」
「そうですね。いつも一人じゃないから、隣にポケモンがいてくれるから、一緒に頑張れる……そんな気がします」
「はい。あなたのこと、応援しています」

 そう。隣にポケモンがいてくれるから、名前も知らない彼女とこうして知り合い、言葉を交わすことができた。隣にポケモンがいてくれるだけで、世界はどこまでも広がっていくのだ。
 私は再び、海に向き直った。モンスターボールを高らかと投げ上げ、みんなを呼び出す。

「みんな。今からポケモンリーグに挑戦するわ。準備はいい?」
(は、はぃぃ!)
(ミロカロス、お前は緊張しすぎだ)
(気楽に行こうよ。負けてもやり直しはできるんだし。ボクは負けないけどね!)
(あたしだって! 見たことないくらい強い人がいるんでしょ? 楽しみ!)
(シャワーズも、頑張る! シャワーズだけでオーバ君を五タテにしちゃうよ!)
「……シャワーズ。そんな言葉をどこで覚えたの」
(デンジ君が言ってたよ! シャワーズだけでオーバ君を全滅できたらいいものくれるって! だから頑張る!)
「ふふっ。そうね。リオルもナギサシティから応援してくれているから、頑張ってこなくちゃね」

 一匹一匹と目を合わせたあと、私は最後にランターンと視線を交えた。
 目が合えばにこっと笑ってくれる彼女は、私にとって一番の友であり、妹であり、姉である。昔から……そう、昔から。私たちはそんな関係なのだ。

「貴方の背中に乗っていい?」
(わたしよりミロカロスやラプラスの方が安定してるけど)
「いいの。今は貴方がいい」
(ふふっ。どうぞ)

 私はランターンの紫色の肌にそっと触れて、冷たい体温から伝わる鼓動を直に感じた。
 小さい頃からずっと一緒にいてくれた、私の光。海底の星は私の世界までも明るい光で満たし、常に隣で進むべき道を照らしながら、私のことを見守ってくれていた。
 これからもずっと一緒にいる。私とランターンと、そして新しい仲間たちとみんなで、ずっと一緒に生きていく。

 ランターンに乗った私は真っ直ぐに水平線を見つめた。あの先に、今の私たちが進むべき未来があるのだ。
 私たちは水平線を目指して浜辺を離れ、青い海を並んで北へと進んだ。



(今も昔もこれからも、海底に輝く光がいつまでも私の一等星)



──shine PARTY's ending──


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