闇を照らす私の太陽


 目を眩ますような激しい雷が迸り、閃光がバトルフィールドを真っ白に染めた。光に視界を奪われて、目が慣れるまでの数秒間は、私の脳になんの映像も入ってこなかった。
 しかし、目が正常に戻ったとき、バトルの決着はついていた。全身に雷を浴びたシャワーズは、力なくその場に倒れていたのだ。
 私は急いでシャワーズに駆け寄って、半身を抱きしめた。私の耳元で、シャワーズは申し訳なさそうに小さく鳴いた。
 ありがとう。ゆっくり休んで。労りの言葉を贈り、シャワーズをモンスターボールに戻した。

「レインの気持ち。ポケモンのひたむきさ。戦っているだけで熱くなる、とてもいい勝負だった。……久々に楽しかったよ」

 デンジ君の声がだんだん近くなってくる。こちら側に歩いてきてくれているのだろうけど、私は顔を上げられなかった。
 私はバトルに負けてしまった。デンジ君に勝てなかった。三日間、私なりに全力で訓練したけれどそれでもダメだった。
 左腕にはめたポケッチが示している時間は、ジムの営業時刻を既に越えている。デンジ君を止められなかった。私では実力不足だったのだ。

「レイン?」

 デンジ君が私の腕を引いた。立ち上がる代わりに顔だけを上げた。ねえ、悲しくて悔しくて仕方がない。涙が止まらないよ。

「おいおい……泣くほど悔しかったのか?」
「悔しい、よ。デンジ君に、っ、勝てな、かったっ……デンジ君、海の向こうに、行っちゃうっ……」

 もう傍にはいられない。逢いたいときに逢える距離に、彼はいない。

「行かないで……」

 感情が制御できない。どうすれば涙が止まるのかわからない。
 この世の終わりがもし来るとしても、私はきっとこんなに悲しまないのだろう。それ以上に、デンジ君がいなくなることのほうがよっぽど怖いと思う。
 デンジ君は私の腕を掴んだまましばらく途方に暮れていた。昔から私が泣くとき、彼はいつも決まって慌て、私の涙をゴシゴシ拭い泣き止ませようとしていた。
 けれど今、デンジ君は泣き渋る私を無表情に見下ろして、落ち着いた言葉を吐き出した。

「レインはどうしてオレに、ここにいて欲しいんだ?」
「だって、大切な人が、ひっく、遠くに行くのは、寂しい、からっ」
「おまえがオレに抱いている『大切』ってどういう感情だ?」
「デンジ、君?」
「おまえにとって、オレって何なんだ?」

 一見すると無表情に見えるデンジ君だったけれど、その瞳だけは少しだけ悲しそうに揺らいでいた。不安。諦め。そして少しの苛立ち。そんな色をした感情が、青い瞳の奥底で燻り、溢れ出ようとしている。
 私は自分のことばかりで気付けなかった。今になってようやくわかった。デンジ君に感じた違和感は、やはり私に関係があったのだ。

「幼馴染だから? 命を救った恩人だから? だから大切なのか? ポケモンがマスターに従うように何でも言うことを聞くのか? オレが世界の全てだと、神であるかのように盲目的に信仰しているのか?」
「ちが、う……」
「オレは神なんかじゃない。オレは……オレだ」
「っ、違うわ!」

 泣きはらした目を隠しもせずに、声を上げて否定した。デンジ君が、私たちの関係で悩んでいるなんてこれっぽちも思わなかった。

 ――少しだけ冷静になった頭で、私がデンジ君に抱いている感情の名前を、改めて考え直してみる。

 幼馴染であると同時に命を救ってくれたデンジ君は私にとって恩人といえる存在で、私に様々なものを与えてくれた。この名前も、友達も、ポケモンも、波導も、デンジ君が肯定してくれたから好きになった。デンジ君が、いたから。
 私はデンジ君に少しでも恩を返そうと十年間奔走した。呼び出されればその足ですぐに彼の元へ向かい、ジムの改造を手伝ったり、差し入れを持って行ったり、ポケモンたちのお世話を一緒にしたり、思い付くことは何でもした。
 盲目的な献身は、端から見たら異様な光景に映ったのかもしれない。だって、当のデンジ君さえもそう感じていたのだ。私は、ポケモンがマスターに忠誠を誓うように、神に仕える人間のように、デンジ君のために動いていると。
 確かにそうだ。私はデンジ君に恩返しをしたくて、自らの意志でそうしてきたのだから。デンジ君が望むことは何でも叶えてみせたかった。
 でも、そんなに悲しい顔をして勘違いしないで欲しい。義務感に責め立てられて、嫌々恩返しているわけではない。寧ろその逆なのだ。ポケモンがマスターの指示を聞くのと同じ。私は、デンジ君のことが好きだから、私の好きでやっているのだ。

 でも、旅をしてデンジ君から離れてみて、少しずつ変わったことがある。デンジ君に対する好きの種類、だ。
 離れていて姿が見えない分、電話があると嬉しい。声が聞きたくて、必要もないのに引き留めて名前を呼んでもらったり、そんな呆れるようなことでもっと嬉しくなった。そこにはいないとわかっていても、ピンチのときには彼を思い浮かべた。
 それはどうして? 久しぶりに再会して、彼の姿を見て泣きたくなったのは、抱きつきたくなったのはなぜ?

 今まで誰にも抱いたことのない感情が今、私の胸の中にある。デンジ君のことを想うと少しだけ苦しくて、でも幸せな気持ちになれるのは。それは。

「私は、デンジ君がいないと、生きていけない」

 デンジ君と出会う前まで、自分がどうやって息をしていたか思い出せないくらい、重度の病。

「助けてもらった恩人とか、昔からの幼馴染とか、そういうの、全部抜きにして、私は、デンジ君のこと、とても、愛しいって、想うから。……うん、これは、きっと『好き』じゃない」

 好きと言うだけでは足りない。この想いを言葉として表すのはとても難しいけれど、存在する言葉でシンプルに伝えるとすれば、ふさわしい言葉はこれしかない。

「私は、貴方を……愛してる」

 私の想い全てを載せたその言葉は、飲み込まれるようにデンジ君の胸の中に消えた。デンジ君は跪いて私を抱き寄せ、泣きそうな声で「レインのことが好きだ」と言って、私の唇にデンジ君のそれに重ねた。
 もう、言葉はいらなかった。唇に触れる熱が私の想いを彼に伝えてくれて、彼の想いもまた私に伝わってくるから。

 私は生涯、恋という感情を彼に抱くことはないかもしれない。ただ、私は今までもこれからも、盲目的に彼を愛し続けるのだ。
 彼がいないと生きていけない、離れるなんてできるはずもない。
 だって、貴方は私の世界で一番大切な人。

 ――ずっと、ずっと……愛してる。



(海と太陽に愛されたこの街で、私を陽だまりへと連れだしてくれる貴方の隣で生きていく)



──shine DENJI's happy end!──


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