171.欠けた心をもう一度


〜DENJI side〜

 レインに四天王になると告げてから、今日で三日が経った。オレを熱く痺れさせるような挑戦者は、とうとう現れなかった。隣で待機していた一番手のサンダースも、退屈だと言わんばかりに大きな欠伸を一つ吐き出した。

 四天王になる決意を持った理由は二つあり、ここが退屈だからという理由だけじゃない。レイン、だ。
 破れた世界での一件で痛感したことだ。あいつの気持ちがオレに傾くことはない。そう、思った。昔の記憶を思い出したレインが、ゲンに想いを寄せ始めるのも時間の問題だろう。
 ゲンは、今までずっとレインだけを想ってきた。レインのことを想う自信はオレもあるが、想いの長さには勝てない。
 もしオレがレインならば、十年間を共に過ごした身勝手で性格の悪い男よりも、過去を共有した優しく一途な男を愛したほうが幸せになれると思うだろう。
 だからもう、レインから離れよう。傍にいたらまた欲しがってしまう。

 レインは盲目的な忠誠心と信仰心をオレに抱いている。だから、傍にいてくれと言えばいてくれるだろう。ポケモンリーグについてこいと言えばついてくるだろう。結婚しろと言えば人生をオレに捧げるだろう。
 しかし、それでは意味がない。レインの意志でそれを望まなければダメなのだ。そう望んでくれる希望は……おそらく、ない。
 今までと同じ、ただの幼馴染みという関係が続き、ゲンと幸せになるレインの姿を見るくらいなら、オレはあいつの前から姿を消す。オレはゲンのようにできた人間ではないのだ。あいつの幸せだけを、願えない。

 そろそろジムを閉める時間だ。オレが立ち上がると、サンダースはピクリと耳を揺らした。サンダースは、このバトルフィールドの入り口をじっと見つめている。

「サンダース。もうジムリーダーとしての仕事は終わりだ」
「……」
「明日、ポケモンリーグに向かうぞ。久しぶりに挑戦者になるな。気合い入れて……」

 そのとき、扉が、開いた。バトルフィールドに誰か入ってきた。息を切らしたその人物は、一度だけ深呼吸して真っ直ぐにオレを見据えた。

「レイン……?」

 駆け込んできたのはレインだった。シャワーズを傍らに、リオルを肩に乗せて、アイスブルーの瞳でオレを捉えている。
 ああ。これが最後だから会いに来てくれたとか、そういうことか。本当に、よくできた幼馴染だな。

「わざわざ仕掛けを突破してここまで来たのか」
「それだけじゃないわ。チマリちゃんやショウマ君たちも倒してきた」
「は……?」
「デンジ君、私、ジムバッジを七つ持っているの。もう、一人前のポケモントレーナーなの」

 その瞳の奥を見てハッとした。力強い眼光。射抜くような眼差し。今までのレインからは想像もつかないくらい、挑戦的な瞳の色。
 そこに立っているのは、守ってやらなきゃと思うような儚げな女ではなく、強い戦意を携えたオレの知らないレインだった。
 リオルがレインの肩から降りて、バトルフィールドの隅に走っていった。『レインさま! 頑張って下さいっ!』リオルが叫んだ。ああ……そういうことか。

「デンジ君、言ったよね? 三日以内にデンジ君を倒す挑戦者が現れたら、ナギサシティに残るって」
「……ああ」

 サンダースがバトルフィールドに進み出た。レイン側はシャワーズが飛び出してきて、戦闘体勢に入る。

 四天王になると決意した理由は二つあると言ったが、もう一つは前々から感じていたバトルへの空虚感が原因だ。
 ここにいてはつまらない。たまにオレのところまで辿り着く挑戦者がいるが、みんな手応えがない。機械的に相手を倒して、はい終わり。
 ジムリーダーになる前から、手持ちの数やレベルが制限されることは知っていた。ジムのレベル以上のバトルができないことも理解していた。それでも、挑戦者たちがこんなにも弱い奴らばかりだとは、想定すらしていなかった。
 六対六のフルバトルじゃなくていい。レベルを低めて戦ってもいい。だからせめて、強さを制限されたオレを倒せるくらいの挑戦者と戦いたいと、何度も願った。
 しかしそれは叶わずに、ジムリーダーを始めた頃のやる気や希望、何よりバトルを楽しむ気持ちを、オレは忘れてしまった。だから。

「レイン。おまえは、オレにポケモン勝負の楽しさを思い出させてくれるトレーナーであってくれ!」

 ジムリーダーとして最後に、痺れるような熱いバトルがしたい。レイン。おまえはオレの願いを叶えてくれるか?
 さあ、見せてくれ。シンオウを旅し、七つのバッジを掴み、過去を受け入れたおまえの強さを。





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