168.美しい奇跡の星


 私の腰には五つのモンスターボールが戻ってきた。隣にはシャワーズがいるし、肩にはリオルが乗っている。彼らと一緒に蒼穹を突き進み、雲を追い抜き、風と同化しなから空を飛び、シンオウの景色を見下ろした。ギラティナの背はとても大きくて、身を乗り出しても落ちる心配はない。

「あ、スズナちゃんとスモモちゃんが稽古をしてるわね」

 キッサキシティ上空を通過すると、はらはら舞い落ちる粉雪の隙間から、二人の姿が見えた。スモモちゃんのチャーレムを相手にスズナちゃんはユキノオーを繰り出して、弱点の克服に励んでいた。

「ヒョウタ君とナタネちゃんだわ。二人でハクタイの森を散歩中かしら」

 ハクタイの森の入り口には、ヒョウタ君とラムパルドとナタネちゃんとロズレイドの姿があった。確か、あの二人も幼馴染みだったような気がする。前を歩くトレーナーよりも数メートル後ろをついて歩く彼らのパートナーもまた、二人のように仲が良い。

「コウキ君とナナカマド博士。今日は何の研究をしているのかしら?」

 ナナカマド博士の研究所の前で、珍しく白衣を着たコウキ君の姿を見た。彼のゴウガザルも外に出ていて、資料運びを手伝っている。

「見て。ヒカリちゃんとジュン君がバトルをしてるみたい」

 フタバタウンで、ヒカリちゃんはエンペルトを、ジュン君はドダイトスを繰り出して、バトルの練習をしている。そういえば、破れた世界から帰還した昨日の夜、二人はデンジ君に最後のジム戦を挑んだらしい。
 らしいというのは、私が実際に彼らのバトルを見たわけではなく、孤児院に帰ってきたチマリちゃんから聞いた話だからだ。
 結局、二試合ともデンジ君の勝利で終わったらしく、再戦するために二人は互いを鍛えているのかもしれない。

「トウガンさんとゲンさんも一緒に修行してるわね」

 タテトプスとルカリオ。はがねタイプ同士の重厚感ある、激しいバトルが繰り広げられていた。鋼鉄島に住む野生のポケモンたちも、二人のバトルを興味津々と言った様子で観戦している。
 野生のままだと強くなるには限度がある。だから、ああしてトレーナーに鍛えられたポケモンの動きを見て、自分のものに吸収しているのかもしれない。

 シンオウの端まで来たところで、ギラティナは旋回して飛行方向を東に変えた。

「あそこはカンナギシティ。貴方たちの神話が伝わる町よ。シロナさんは神話の研究をしているの」

 シロナさんはガブリアスと共に壁画を見上げている。きっと、あそこにはもうすぐ新しい神話が語り継がれることになるのでしょう。世界の裏側から私たちを見守ってくれる、優しい神様の物語が。

「メリッサさんだわ。今日はコンテストに出場する側みたいね」

 見たところ、私たちが出場したノーマルランクのコンテストではなく、マスターランクのコンテストが開催されているみたいだ。美しく着飾ったメリッサさんとフワライドは、とても楽しそうに舞台で舞い踊っている。

「あそこの街のジムリーダーさんにね、一緒にジムをやらないかって誘われているの。マキシさんみたいになれるかわからないけど……考えてみるのもいいかもしれないわね」

 大湿原をフローゼルと共にパトロール中のマキシさんは、とても尊敬できる人だ。ひたすらに強さを追求し、そうして掴んだ強さはポケモンや人のために使うことをモットーとしている。もし、彼の元でみずポケモンたちに囲まれながら強さと優しさを学べることができるとしたら、とても素敵だと思う。

「ねぇ、ギラティナ。この世界はとても素敵なところでしょう? 人間がいて、その隣にはポケモンがいて、みんな笑顔で暮らしているの」

 ねぇ。今まで見た人たち、みんなそうだったでしょう? 人間とポケモンが助け合って、支え合って、手を取り合って暮らしている。ここは素敵な世界でしょう?

「ギンガ団みたいに悪事を働く人もいるけど、でも、罪を認めてやり直せる人もいるから」
『……それはポケモンも同じだな。人間を悪と決めつけて攻撃してしまうポケモンもいる……我のように』
「でも、貴方は理解してくれた。私たちにチャンスを与えてくれたわ。そうやって、ポケモンも人間も、互いを少しずつ理解して歩み寄っていくのね」

 ギンガ団たちはあのあと、山頂に駆けつけたハンサムさんに逮捕された。逮捕されたのはそれが全員ではないけれど、アカギさんの真の目的を知らされずにビルに残っていたギンガ団員は、新エネルギーの研究のため事業を再構築しているという。
 自分の欲望のためにたくさんの命を傷付け、大切なものを破壊し、奪ってきたアカギさんを許すことはできない。だけど、あの思考に辿り着くまでには、きっと何か理由があったのだと思う。罪を償って欲しいと思う。そして、またやり直せると信じてる。
 私たちはシンオウの最東――ナギサシティに帰り着いた。灯台の脇で身を屈めたギラティナの背からゆっくりと降りて、その大きな体を見上げる。もう、さよならの時間だ。

『我はまた破れた世界に戻る。そこで、この世界を見ている。それが我に与えられた役目だ』
「……寂しく、ないの?」
『伝説は伝説の中で生きなければならない。それはディアルガやパルキアも同じだ。しかし、お前のように存在を知ってくれた人間ができた。我々はもう孤独ではない』
「……ええ」

 ギラティナは大きな翼を羽ばたかせて、再び空へと舞い上がった。私たちがこの世界に戻ってきた場所――送りの泉へと飛んでいく後ろ姿が、どんどん小さくなっていく。

「また会いに行くわ! 私! 私のポケモンたちみんなを連れて! だから、ギラティナもまた遊びに来てね! 待ってるから!」

 影が消えた蒼穹から、確かに鳴き声が聞こえた。
 独りの存在なんていない。生きている者は必ず、何かに繋がっているのだ。繋がりはさらに見えない縁を生み、私たちの世界は広がっていく。そうやって、この世界でみんな生きていく。
 私とギラティナも、もう他人なんかじゃない。互いの運命が交差し、瞬間を共有した存在。
 またいつか会いましょう。人間とポケモンが共に生きる、この奇跡の星の真ん中で。





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