164.叛骨の王


〜DENJI side〜

 戦闘を始めてどれくらいが経過しただろうか。どういう風に戦ってきたか、よく覚えていない。ただ、減っているのはオレたちのポケモンの体力ばかりで、ギラティナは戦闘開始時と同じように伝説の風格を失わず、オレたちの前に立ちはだかっている。
 強いなんて言葉じゃ言い表せない。ギラティナは、全てが規格外のポケモンだった。

「エンペルト! ハイドロポンプ!」
「エレキブル! かみなり!」

 エンペルトが放出した水流に電気をまとわせて、ギラティナへと放つ。しかし、技が届く前にギラティナはふっと消えた。隠しきれない程の巨体を宙に溶け込ませ、その身を隠してみせたのだ。
 そして次の瞬間、エンペルトとエレキブルの目の前に現れたギラティナは、巨体を二匹へと叩きつけるようにダイブしてきた。ギラティナの固有技だろうか。見たことのない技を使ってくる。

「ルカリオ! ラスターカノン!」
「ガブリアス! りゅうのいかり!」

 巨大な光の砲弾と、青白い竜の炎がギラティナに向かっていく。しかし、技はギラティナに着弾する前に無効化された。大地が盛り上がり、技を打ち消し、逆にルカリオとガブリアスがダメージを受けた。げんしのちから、だ。

『人間は、ポケモンとの共存を拒んだ』

 重圧感のある男の声が、脳に直接響き渡った。この感覚を、オレは知っている。シェイミという自称伝説のポケモンがオレに語りかけてきたときも、確かこんな感覚を覚えた。恐らく、聞こえてくるこの声はギラティナのものだ。その声色には、明らかに怒りの感情が含まれていた。

『我々ポケモンはいつだって人間に歩み寄ろうとした。世界を創ったポケモンは、異種族の架け橋となるよう、大昔ポケモンと結ばれた人間の子孫に、ポケモンの力の一部を与えもした』

 ギラティナの赤い眼が、ゲンやレインを捉えた。そうか。波導……それから、もしかしたら超能力や千里眼という力も当てはまるのかもしれない。自然や人為に得るはずもないそれらの力は、ポケモンと人が結ばれたことで得られたものだったのだ。

『人間同士がポケモンを使って争う故に、波導を使える人間はたった二人となってしまった。お前ならわかるはずだ。人間がいかに醜い心を持っているか』
「……」

 ゲンは何も言わない。帽子を目深に被り、微かに俯いた。どうやら否定はできないらしい。波導を読むということがどのような感覚なのかはわからないが、不意であれ故意であれ、人の思念まで読んでしまうことがあるのかもしれない。それは綺麗な感情ばかりではないだろう。むしろその逆の方が多いはずだ。上っ面を笑顔で取り繕っている人間が、心の中はどす黒いもので一杯なのかもしれないのだ。

『ポケモンは人間との共存を望んだ。しかし、人間はどうだ? 世界を汚し、私利私欲のために争い、必要以上にポケモンを乱獲する。我々ポケモンが本気を出せば、人間なぞ一瞬にして滅ぶのだ。人間は生かされている種族であることを思い知れ!』

 いくつもの波導がギラティナの周囲に集まり、それが弾となって一斉に連発された。ポケモンと人間、見境なしの攻撃が、痛い。体が、じゃなくて、左胸が、痛い。ポケモンが人間に対して、そこまで負の感情を抱いているという事実が。人間の行動が、そこまでポケモンを追いつめていたという事実が、痛い。

『いくら歩み寄っても、裏切るのはいつも人間の方だ!!』
「っ」

 ポケモンたちが庇いきれず、トレーナーたちまで爆圧により吹き飛ばされた。岩に叩きつけられた背中が悲鳴を上げた。意識が危うく飛びそうになったが、痛みによりギリギリで繋げていられた。
 リオルが泣きながら駆け寄って来てくれた。よかった。少しズレていれば、レインに激突するところだった。

『デンジさま! デンジさまっ!』
「っ、大丈夫、だ」
「……デンジ君」

 衝撃を受けてグラグラと揺れる脳に染み入るような、優しい雨のような声がオレの耳から入ってきた。レインの瞼が開き、アイスブルーの瞳がオレを映していた。

「レイン……!」
「デンジ君……私ね、過去、見付けたよ」

 冷たい指先がオレの頬に触れる。波導がオレへと流れ込んで来て、瞳の表面に古い映像が映し出された。
 オレが想像していたよりも、レインの過去は酷く痛ましく、とても哀しいものだった。





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