163.かけがえのない世界


〜HIKARI side〜

 ドンカラス、ヘルガー、マニューラ、ギャラドス、クロバット。アカギのポケモンたちは全て戦闘不能となってしまった。
 もう戦えない。すなわち、敗北。今このとき、アカギの夢は跡形もなく崩れ落ちた。その事実が、アカギが最も憎んだ感情を体の奥底から引きずり出した。

「認めるか! あり得るか! ようやくここまで来たのだ! 新しい世界! 新しい銀河! 見果てぬ夢だというのか!」
「おまえは間違ってるんだよ。オレもできた人間じゃないが、今の世界を終わらせて新しい世界を創るなんて、やっていいはずがないんだ。……それだけはわかる」
「……貴様にあのポケモンを倒したり捕まえたりなどできるものか。わたしが考えるに! このおかしな世界はあの影のポケモンそのもの! 捕まえたり倒したりすればこの世界も消えるはず!」
「なんだと……?」
「なるほど! 貴様はわたしの代わりに世界を創り直すのではなく、世界を壊すというのだな。いいだろう。見届けてやる。フフ……ハハハハッ!」

 笑い狂うアカギは、ギンガ団を統べるボスなどではなく、ただの道化師にしか見えなかった。夢の失墜により、彼の中で繋がっていた何かがプツリと切れたのかもしれない。
 哀れな道化は、人目を気にせず、踊り狂う。アカギはもう何もできない。放っておいても大丈夫そうだ。
 あたしたち四人は、波導を読んでいるゲンさんを見つめた。

「……わたしたちがこの世界に来た道は閉じられているようだ。ギラティナに会う以外に、元の世界へと帰る道はないだろう」
「でも、シロナさん」
「ええ。アカギが言ったことは本当よ」

 ギラティナがあたしたちを素直に帰してくれるとは思えない。しかし、アカギの理論によると、ギラティナを倒したりすれば世界は消える。それなら、ギラティナを無理矢理従わせる? ……伝説の称号を持つ相手に、それは難しい。それに、無理やりなんてなんの解決にもならない。
 でも、とシロナさんは続けて、月明かりのような微笑を浮かべた。

「大丈夫。ポケモンが世界を消すだなんて、そんなことはあり得ない。だって……世界はあたしたちが生まれてくるのを待っていた。あたしたちと一緒にいるポケモンも、あたしたちの親しい人たちも、さらに繋がる人も、ポケモンも、みんな世界に望まれて生まれてきたとあたしは思う。だから、ギラティナは消えない。あたしたちの世界も! この破れた世界も消えたりしない!」

 そのとき、頭上をギラティナが横切った。あたしたちは無言で頷いて、ギラティナが飛んでいった方に向かい歩き出した。

「あたしたちの世界。この破れた世界。それが人の手で壊されかけて、ギラティナは怒ってる。そのため、二つの世界はやりのはしらで繋がり、お互いが歪み始めている……」
「どうすれば、ギラティナにわかってもらえるんでしょうか……」
「大丈夫。ギラティナに勝つことであたしたちとポケモンとが持っている強い絆を見せるか、あるいは仲間になって欲しいと強い気持ちを見せるかすれば、ギラティナはわかってくれる。世界の歪みも止まるから!」

 ポケモンと人間の絆、か。目には見えないものだけど、一番筋が通ったやり方だと思う。
 あたしはポッチャマをぎゅっと抱きしめた。何を言っているかわからなかったけれど、「大丈夫だよ」って、ポッチャマからそう言われた気がした。

「ギラティナ……」

 ギラティナは、破れた世界の最奥にいた。その姿を、初めてきちんとこの目に収めた。
 長大な胴体に三対、尻尾に二対の円錐状の突起を持ち、その部分には赤と黒の横縞がある。翼は棘一本ごとに独立して存在し、金色の装飾部分は鋭い三日月状をしている。ディアルガやパルキアのように手足となる部分は見あたらない。
 その出で立ちは、この破れた世界の王と呼べる風格をしている。放たれるオーラが、あたしたちが普段目にしている野生のポケモンとは格段に違い、思わず唾を飲み込んだ。

「リオルはレインちゃんを見ていてくれ」
『はい』

 ゲンさんがレインさんを木の陰にそっと下ろした。デンジさんはエレキブルを、ゲンさんはルカリオを、シロナさんはガブリアスを、あたしはポッチャマ……ううん。姿形に拘って、本来あるべき姿や力を押さえ込むのは、もう止めにしよう。
 あたしは、ポッチャマから変わらずの石を受け取って……あたしは、エンペルトを出した。

 今、最後の戦いが、始まる。





- ナノ -