161.紅蓮の首謀者


〜GEN side〜

 なぜ。その二文字が私の頭の中を支配していた。無機質な色の髪も、プラスチックのような瞳も、何の色も浮かべていない表情も、左胸にあるGの勲章も、十年前のあの惨劇で見たものと何一つ変わらず、記憶の中の憎しみと一致させることができた。
 ギンガ団のボスとは、アカギという男の正体は……。

「もう一度言おう。彼女を渡してもらおうか」
「そう素直に渡すと思うか?」
「ルカリオ! インファイト!」

 先手を切って攻撃を仕掛けた。アカギはポケモンを出していなかったが、別にどうでもよかった。……敵を討ってやる。そういう気持ちで攻撃を仕掛けたのだから。
 しかし、高い素早さを誇るマニューラが飛び出してきて、寸前のところでルカリオの拳を受け止めた。いったん間合いを取らせる。
 わたしの激情に感化して、普段は感情を荒立てないルカリオまでも、歯をむき出しにして唸り声を上げ、相手を威嚇している。

「っ、彼が、ギンガ団のボスか」
「どうしたんだ?」
「彼は」

 忘れるはずもない。目の前にいる彼こそが、わたしの悪夢を作り出した元凶なのだから。

「彼は十年前、ポケモンたちを操ってわたしとレインちゃんの故郷を滅ぼした張本人だ」

 デンジは目を見開いて「まさか、あの記事の……」と呟いた。アカギは、わたしが言い放ったことで十年前の出来事を今し方思い出したというように、詮無いとでも言いたそうな表情を浮かべた。

「まだ生き残りがいたのか……」
「アカギ、おまえ、ナギサから行方をくらませて、そんなことを」
「ああ。発明した機械を使って野生のポケモンを狂わせ、波導使いの島を襲わせた」
「どうして」
「わたしが宇宙を創る計画を邪魔されては困るからだ。力を持つ者は消さなければならなかった。だが」

 アカギは、わたしが抱き支えているレインちゃんに目をやった。

「幼い少女を一人だけ生かし、わたしの力となるよう育てるはずだった。しかし、彼女は自ら海に身を投げて、死んだ……と、思っていた」
「それが……レインか。そうやって、レインはナギサシティに流れ着いたのか」
「わたしの故郷に、か」

 偶然か必然か。どちらにせよ、これも何かの因縁だ。わたしにとっても、もちろんレインちゃんにとっても、さらにはデンジにとっても、アカギは敵対すべき存在だと確定された。

「それを知ったら、なおさら渡すわけにはいかないな」
「そうだね」
「いや、力ずくでも奪う! わたしは新しい宇宙を創るのだ!」
「デンジ! ゲン!」

 アカギがやってきた方向から、シロナとヒカリちゃんが走ってきた。

「アカギを倒さないと! 彼は、この世界を消してあたしたちの世界まで消そうとしているんです!」

 わたしたちの間に挟まれて、アカギが逃亡する道はない。自身の腕に絶対の自信があるのか、それとも己のプライドが焦りという感情を許さないというのか。四対一のこの状況だというのに、アカギは眉一つとして動かさない。シロナはアカギを睨み付けた。

「どうして世界を変えようとするの? この世界が憎いなら自分一人誰もいないところに行けばいいだけでしょう」
「なぜ、このわたしが世界から逃げるように息を潜めて生きるのだ? わたしはこの世界から心という不完全で曖昧なものを消し去り、完全な世界を生み出す。それがわたしの正義! 誰にも邪魔はさせない」
「そんな……そんな正義ってあり得ない!」
「わたしは負けぬ! あの影のポケモンにも! 下らない世界にも! 刃向かうものはかかってこい! 全員跪かせてやる!」

 アカギのマニューラが戦闘態勢に入った。ヒカリちゃんがパチリスを繰り出してスピードスターを命じたが、マニューラは鋭い爪で星を叩き落とし、その勢いのままパチリスを切り裂いた。その一撃で、パチリスは戦闘不能になってしまった。

「嘘……」
「ヒカリちゃん! ここはあたしが!」
「いや、わたしが故郷の敵を」
「下がってろ」

 決して大きくはない声量だったが、静かな怒気を含んだデンジの声は、一瞬の間その場に静寂を作った。

「あいつはオレが倒す」
「デンジ」
「ナギサから生まれた悪を消すのは、オレの役目だ」

 それは、わたしが初めて見た本当のデンジだった。
 わたしは彼を淡泊な男としか認識していなかったが、全くの逆なのだ。自分が関心を持つものに対しては異常なまでの執着を持ち、それらが傷付き汚されることを嫌う。
 冷えた色をした青い瞳の裏には、燃え上がるほどの情熱を秘めている。そんな男だったのだ。





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