160.想うだけじゃ救えない
ゲンと二人になってからというもの、沈黙ばかりが続いている。ただ、あっちへ行けこっちへ行けとゲンが指示を出すときに一言、二言言葉を交わすくらいだ。
そもそも、しょうぶどころで顔見知りではあるとはいえ、ゲンとまともに会話をした記憶はない。間にヒョウタを挟んで自己紹介したときくらいだ。基本的に他人には干渉しない質のオレたちが、それ以上親睦を深めることはなかった。
ましてや、レインを今まで度々助けていたのがゲンだと聞き、さらにはレインの過去を知る人物だと知り、オレは心のどこかで焦りを覚えていた。身を焦がすような嫉妬心と闘争心が、ふつふつと燻りつつある。ゲンの言葉、動作、一つ一つが癇に障って仕方がないほどに。
「聞いてもいいかい?」
「……何をだ?」
「きみとレインちゃんのことを」
眉間に皺が寄るのが自分でもわかった。
「きみたちはどういう関係なのかな?」
「幼馴染みだよ」
「と言うと?」
「十年前からレインが旅に出るまでずっと一緒にいた」
「十年前?」
「レインがナギサに来たのがそのくらいだからな」
「レインちゃんはどうして旅をしようと思ったのかわかるかい?」
「……波導とやらでオレの中を探れば一発なんじゃないか?」
「そういうことに波導は使わないようにしているんだ」
ふん、と小さく鼻を鳴らした。どうやら、信頼できる男ではあるらしい。
「あいつには昔の記憶がないんだ。だから、シンオウを旅して自分が生きていた軌跡を探したいと言っていた」
「……そうか」
ゲンは微かに目を伏せた。次はこちらが質問する番だ。
「この世界に来る前、『今も昔も』と言ったな。おまえはレインの過去を知っているのか?」
「知っているにも何も、共に在ったからね。過去も、そして前世も」
前世……? いったい何を言ってるんだ、こいつは。しかし、重要なのはそこではなくて。
「レインに、話したのか?」
「話そうとした。わたしのことを思い出して欲しかったから。……でも」
ゲンは小さく首を振った。その目の奥には哀愁が滲んでいた。
「昔の記憶が彼女を苦しめるなら、言わないでおこうと思ったんだ。彼女を想う人は他にもいるから、その人と一緒になったほうがレインちゃんも幸せだと、その子に忠告されたしね」
黒と紺の中間色の瞳が、オレの腰にあるモンスターボールを映した。それは、オレのランターンの隣、レインのランターンが入っているボールだった。
レインのランターンも、レインの過去に関係があるのか。次から次へと新しい情報が頭の中に放り込まれて、整理が追いつかない。
「その通りだよ、全く」
ゲンは自嘲した。
「ランターンが言っていた想い人は、きみだったんだね。デンジ」
「……」
オレは何も言わなかった。しかし、確かにわかったことが一つだけある。
ゲンはレインのことを痛いほどに愛している。レインがこいつをどう思っているかはわからないが、悪い感情を抱いているはずがない。クロガネシティにいたときにかけられた電話で、波導を使える男に助けられたと聞いた。こいつのことだと、思う。
――なんだか、一気に、場違いなのは、オレのような、気がして、きた。
そのとき、無音の世界に高い鳴き声が響いた。
「「アグノム!」」
群青からアグノムが浮き出てきて、青い体を揺らせてながらオレたちを手招いた。そのあとを追って、不安定な足場の上を走る。
ふと、アグノムは宙に停止して小さく旋回を始めた。その下で、レインが木にもたれて、気を失っていた。リオルも一緒にいる。心配そうに、泣きそうになりながらレインの体を揺らしている。
オレたちの存在に気付いたリオルは、涙を払って飛びついてきた。
『ゲンさまっ』
……ゲン、に。そっちに飛びつくのか! と思わずツッコミたくなった。どうやらリオルの中では、頼りになるのも懐き度も、オレよりゲンのほうが上らしい。
ああ、そういやレイン、このリオルのタマゴは人にもらったって言っていたな。もしかしたら、ゲンからもらったタマゴだったのかもしれない。リオルが孵って、少しでも一緒に過ごしていたのなら、リオルがゲンに懐いているのも理解できる。
……嗚呼、また、醜い感情が沸いてくる。
『レインさまが起きないんです! リオル、頑張って波導をわけようとしたんですけど、でも、うまくいかなくて』
「レインちゃんの傍を離れないでいてくれたんだね。ありがとう。もう大丈夫だから」
泣きじゃくるリオルを片手で抱きしめて、ゲンはもう片手をレインへと向けた。その手のひらからは青白い光がぼんやりと放たれて、レインの体をそっと包んだ。
「何してるんだ?」
「わたしの波導を分け与えているんだ。波導には回復効果もあるからね」
「……」
また、オレはレインのために何もできない。ゲンがレインを抱き上げるのも、ただ黙って見ていた。
「これでいい。しばらく様子を見てみよう」
「彼女を渡してもらおうか」
重圧感のある低い声に、反射的に振り向く。アカギが、そこに立っていた。