159.揺り籠から墓場まで


〜HIKARI side〜

 早く、この、世界の裏側から出たいと思った。この世界に来てから不快な感覚がずっと続いている。
 例えるなら、ジェットコースターが落下する直前、体が重力から解放された瞬間の浮遊感に似ている。気分が悪い。若干、吐き気さえ覚える。いろんな方向に重力が働いているせいかもしれない。

「シロナさん……ギラティナ、怒ってましたよね」
「そうね」
「アカギがあんなことをしたから……!」
「あるいは」

 シロナさんは、少しだけ思い詰めたような表情で口を開いた。

「あたしたち全ての人間に、か……。!?」

 角を曲がった。そこに、人がいた。アカギ、だった。

「アカギ!」
「あなたは一人なの? レインちゃんは? ギラティナは?」
「……あの影のポケモンはいない。わたしを置き去りにし、さらに奥へと去っていった……わたしの計画を邪魔できて満足だというのか……」
「あんたの計画なんてどうでもいいのよ! レインさんはどこなの!?」
「波導使いか……彼女はあの影のポケモンに連れられて行ってしまった……」

 やっぱり、レインさんもこの世界のどこかにいるんだ。アカギのように、その辺に置き去られてないといいけれど……こいつはそんなこと、これっぽちも心配していないみたいだけれど。

「ところでおまえたち、遺伝子について知っているか?」
「遺伝子?」
「DNAのことでしょう」
「……そう。遺伝子というのは人間やポケモンといった生き物の設計図といえるもの。その本体であるDNAは正反対の性質を持つ二本の鎖が絡み合っている。その設計図の鎖は、片方が壊れたとしてももう片方をコピーし、元の姿に戻せるのだ」
「それって……」
「何が言いたいかわかるだろう。時間も流れず空間も安定せず、影のポケモンだけしかいないこのおかしな世界と、わたしが変えたい世界。二つの世界は遺伝子のように、お互いの世界が消えないよう支え合っているのだろう。だが、支え合うときに影のポケモンにも何かしらの影響があると見た。そしてあの影のポケモンはそれを嫌い、わたしを飲み込んだ。きっとこのおかしな世界はあの影のポケモンが生み出した。だから、世界に何かあると影のポケモンにも影響がある。あいつを倒せばこの世界も消えるだろう。もう二度とわたしの邪魔をできないように……世界を元に戻せないように」

 それだけ言うと、アカギは移動する足場に乗って下へと降りていった。……正直、DNAとか遺伝子とか、そんな難しいことはよくわからないけれど、でも。

「アカギの言うことが本当ならば、どうしてレインさんまで連れ去られたの……レインさんは何も悪いことをしていないのに」
「でも、これだけは言えるわね。まずはアカギより先にギラティナを見付けなくちゃ。あいつはギラティナを倒して、この世界を消そうとしているわ。この世界が消えたら、あたしたちの世界だってどうなるかわからない。レインちゃんのことはきっとあの二人が見付けてくれるわ。急ぎましょう!」
「はい!」

 アカギのあとを追って、あたしたちも足場へと跳び乗った。そしてまた、どこまでも降りていくのだ。底があるのかもわからない、この世界の奈落へと。





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