157.影に誘われ反転界へ


〜DENJI side〜

 ゲン。一般トレーナーでありながら、しょうぶどころに入ることを許される実力を持つはがね使い。ヒョウタやトウガンさんの知り合いだと聞いている。
 柔らかく人当たりのいい物腰や性格とは裏腹に、攻撃力が高いポケモンを好んで仲間としている。スーツを身に纏い、常に微笑を浮かべているせいか、どこか浮世離れした雰囲気を漂わせているという。
 そいつが、どうしてここに。

「すまない。テンガン山周辺に、波導で結界を張っていたら遅れてしまった。でも、これで時空の歪みが広がる時間を稼げるはずだよ」
「ありがとう、ゲン」
「波導? 結界?」

 次々にクエスチョンマークを飛ばすヒカリに小さく笑いかけて、ゲンは帽子を取って会釈した。

「わたしはゲン。はがね使いのポケモントレーナーであると同時に、波導使いでもあるんだ。……レインちゃんと同じ、ね」

 ! こいつ……レインのことを知っているのか。しかも、こいつ自身も波導が使えるなんて。
 それを裏付けるように、ゲンとルカリオは目を閉じた。

「ここにディアルガとパルキアが現れたんだね。しかし、今はもういない」
『影が、ギラティナが逃がしたようです』
「そしてギラティナは、アカギとレインちゃんとリオルをさらい、世界の裏側に逃げ込んだ」
『湖のポケモンたちもそのあとを追った……』

 その場にいる全員が息を呑んだ。あのとき、ゲンはこの場にいなかった。しかし、まるでいたかのように、正確に、出来事を言い当てた。波導という力はそこまで知ることができるのかと、軽い恐怖すら覚えかけた。

「ゲン。あの穴の中を探れるかしら」
「世界の裏側で波導が通用するかわからないけれど、やってみるよ」

 穴の正面に立ち、ゲンは目を閉じた。どうやって中を探っているのか、オレには理解する術がない。薄い瞼の裏に、波導が感知した世界の裏側が映し出されでもしているのだろうか。

「……かなり不安定な世界だ。波導を掴もうとしても、輪郭がぼやけていて、正確にはわからない。ただ、あまりにたくさんの人間やポケモンが乗り込んだら、何かしらの影響を及ぼしてしまいそうだ」

 目を開いたゲンはオレたちに向き直ると、親指以外の指を四本立てた。

「世界の裏側に行けるのは、あと四人が限界といったところかな」
「『あと』四人ってどういうこと?」
「レインちゃんとアカギの波導が、あの穴の中から感じられるんだ。彼らを含めて六人が限界だと思う」
「オレは行くぞ」

 ゲンと目を合わせて、はっきりと言い放った。なぜだかわからないが、こいつを見ていると子供じみた感情がこみ上げてくる。こいつには負けない。大切なものを渡したりしない。
 目に見えるようなオレの激情を緩やかに押し流す渓流のような笑みで、ゲンはまた笑った。

「わたしも行くよ。世界の裏側でも波導があったほうがいいだろうからね」
「……」
「シロナにも来て欲しい。きみはシンオウの神話を一番よく知っている」
「ええ。そのつもりよ」
「じゃあ、俺も!」
「オーバはここにいなさい」
「何でだよ!?」
「あれ」

 チャンピオンが指したのは、ヒカリたちが打ち負かしたギンガ団たちだった。幹部も含めて一纏めにして、フーディンが作り出した光の壁の中に逃げないよう閉じ込められている。

「見張っていて欲しいの。子供たちだけじゃ少し不安だから」
「ギンガ団か。……わかった! デンジ! レインを頼んだぞ!」
「ああ」
「代わりに、ヒカリちゃん。あたしたちと一緒に来てちょうだい」
「はい!」

 祭壇に上がって来ようとしたヒカリの手を、ジュンが掴んだ。

「ちゃんと帰って来いよ。まだ、おれの気持ち、言ってないんだからな」

 ヒカリは目を見開くと、微かに笑って、大きく頷いた。……ああ、そういうことか。青春とは美しきかな。しかし、そういう台詞は死亡フラグだぞ、と言う忠告は心の中に留めておくことにする。
 オレはゲンの隣に立って、目を合わせずに口を開いた。

「おまえは何でここで異変が起こっていると知ったんだ? それも波導とやらか?」
「そうだね。レインちゃんの波導が弱まったのが気がかりで追いかけたら、途中でシロナと出くわして、ここに辿り着いた」
「……おまえ、レインとどういう関係だ?」
「対トウガンさんのために、少し稽古を付けてあげたかな」
「それだけじゃないだろ?」

 横目で睨みつけるようにして、相手の様子を探る。ゲンはまた、あの薄っぺらい笑みを浮かべていた。

「わたしにとってレインちゃんは、今も昔も、とても大切な人だよ」
「……おまえ、レインの過去を」
「デンジ。ゲン」

 知っているのか。……という言葉は遮られた。チャンピオンの呼びかけに応え、オレとゲンも穴を囲む。
 本当にブラックホールのような穴だ。底はあるのかさえも疑わしく思う。奈落への入り口が、オレたちを食らおうと今か今かと時を待っている。
 お望み通り、行ってやろうじゃないか。

「行くわよ」

 チャンピオンの掛け声を合図に、オレたちは一斉に地を蹴った。



Next……破れた世界


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