155.欠けたパズルのピース
「「レイン!」」
『レインさま!』
もしかしたら死んでいるんじゃないか。そういう笑えない予感が頭を過ぎった。
辛うじて胸が小さく上下しているのを確認できて、思わず安堵の息を吐く。しかし、嫌な汗は止まらない。そこにいるレインの顔は青白く、俺たちの声にも反応を示さなかった。
「知り合いか。本当に、今日は予想外なことばかり……」
「エレキブル! かみなりパンチ!」
アカギの言葉を遮り、デンジが先手で技を放った。当然、ドンカラスが応戦するものだと思っていた。
しかし、アカギの前に立ったのは……アカギを庇ったのは……。
「レイン……!?」
レイン、だった。エムリットが見せた映像の中で使っていた青白い光でバリアを作り、エレキブルのパンチを受け止めたのだ。
目は相変わらず閉じられている。自らの意志で動いている様子はない。しかし、レインは確かに、何かに操られているかのように、忠実に、アカギを守ったのだ。
戸惑ったエレキブルはデンジに指示を仰いだが、そのデンジも愕然としていた。
「レインに……何をした?」
アカギは薄く笑ってドンカラスを見た。ドンカラスがレインに向けて、何か奇妙な念を飛ばしている。あれは……サイコキネシスだ。
「ちょうおんぱで精神を壊し、昏睡状態に陥らせたところにサイコキネシスを飛ばして操っている。簡単なことだ」
……腐ってやがる、本当に。人の心がある人間ができることじゃない。人間にサイコキネシスなんて、邪道もいいところだ。レインの意識が戻っても、最悪、脳に後遺症が残るかもしれない。
一刻も早く、レインを解放しなくては、取り返しがつかなくなる。デンジもそれを理解しているのだろう。あいつの焦りがじわじわと伝わってくる。
「エレキブル! ドンカラスを倒せ! かみなりパンチだ!」
「ブーバーンも加勢するんだ! ほのおのパンチ!」
二匹はドンカラスに狙いを定めた。が、レインは離れたところから波導を飛ばして、ドンカラスを攻撃から守った。
アカギは嘲笑し、俺達に背を向けた。
「きみたちはそこで世界の終わりを見ているといい。ディアルガ! パルキア! わたしの力となり、新たな宇宙を創造するのだ!」
恍惚とした高笑いが響く。耳障りな声に唇を噛むことしかできない自分が腹立たしくて仕方がない。
「どうする!? 何とかしないと、あいつ本当にこの世界を壊すつもりだぜ!」
「わかっている。まずはドンカラスをなんとかしないと……だけど」
レインを見て、デンジは拳を握りしめた。
「レインを本気で攻撃できるわけないだろう……!」
『……リオルがやります』
「「え?」」
『リオルがレインさまを止めます』
今までデンジの肩にしがみつき、ガタガタと震えていただけのリオルが、涙を払って前を見据えた。何か策があるのだろう。俺たちはリオルの言葉に耳を傾けた。
『リオルが波導を使って、レインさまの波導と相殺させます。その間に、デンジさまとオーバさまはドンカラスを倒してください』
「だけど、リオル、大丈夫か? バトルの経験はないんだろ?」
『はい。でも……泣いて、ばかりじゃ、助けられない、から』
「……リオル」
デンジがリオルの頭をそっと撫でた。リオルの震えは止まっていない。成功するとは限らない。しかし、今はリオルにかけるしかない。
「いくぞ! エレキブル!」
「ブーバーン! レインを狙え!」
「加減しろよおまえら!」
「「十まんボルト!!」」
電撃が迸り、ドンカラスとレインに向かっていく。もし、これが波導を破ってしまったら、という恐怖はあった。そのときは、レインの命はないと思っていいだろう。だから、これは覚悟を決めた賭だった。
電撃が、レインへと、直撃する。その寸前、レインは波導を使って自分とドンカラスの身を守った。
「リオル!!」
デンジの肩をリオルが蹴る。リオルの手の中に、青白い玉が出来上がっていく。電撃の隙間から狙いを定め、リオルはそれをレインに向けて放った。普通のリオルでは覚えるはずのない技。はどうだん、だ。
波導の矛と盾が激突した。電撃諸共それは弾け飛び、波導バリアが消滅した。衝撃によってドンカラスが体勢を崩した、今がチャンスだ。
「かみなりパンチ!」
「ほのおのパンチ!」
エレキブルとブーバーンが持ちうる力全てを費やして、二色の拳をドンカラスに叩き込んだ。ドンカラスは戦闘不能に陥った。これで、サイコキネシスによる洗脳も解かれるはずだ。
「レイン!」
糸を失った操り人形のように膝を突き、倒れたレインへとデンジが手を伸ばした。……そのとき。
――世界が闇に包まれた。