154.神様ごっこ


〜DENJI side〜

 祭壇へと続く長い道を走る、走る、走る。辿り着いたその場所、祭壇の前にはアカギが立っていて、その脇にはドンカラスが控えている。
 アカギはこちらをゆっくり振り向いた。

「……」

 アカギは何の反応も示さない。オレのことを覚えていないのかもしれない。別にそれでも構わない。再会を喜びに来たわけでも、馴れ合いをしに来たわけでもないのだから。
 オレは目の前にいるかつての友を、完全に敵だと認識した。アカギが放つ狂気が、悪意が、それを証明している。

「新しい宇宙を創る用意は全て整った。今、全てが終わり、そして全てが始まる。湖の三匹の結晶から作り出した赤い鎖と、わたしがそれを元に科学機械で作り出したもう一本の赤い鎖で、異次元の扉を開いてやる。そして、その力をわたしのために使え」

 祭壇に置いてあった二本の赤い鎖が宙を漂う。それらはまるで、DNAの二重螺旋のように互いに絡み合い、一本の鎖を作り出した。

「時間を操る神話のポケモン、ディアルガ……そしてもう一匹。空間を司る神話のポケモン、パルキアよ」

 二つ、空間が、裂けた。ぱっくりと開いた青と紫の空間から、それぞれ巨大なポケモンが現れたのだ。これほどまでに巨大なポケモンを、オレは今までに見たことがない。隣ではオーバが息を呑んでいる。

「なんだよ……あれが伝説のポケモン。ディアルガとパルキアか!?」

 これでもオレはジムリーダーといわれる地位にいるポケモントレーナーだ。その存在くらいは聞いたことがあった。
 時間を操るポケモン――ディアルガ。深い青色の体には輝くラインが入っており、頬や胸部や背中には銀色の装甲を備え、後頭部は結晶のように突き出ている。胸部の中心には金剛石のように輝く玉が埋め込まれている。時を自在に操ることができ、その心臓が動くたびに時間が流れるという。
 空間を操るポケモン――パルキア。長い首が特徴的で、薄い紫色の体には紫色のラインが走り、背中には翼のような二対の鱗がある。両肩には白玉のような宝石が埋め込まれている。空間を自在に操ることができ、パルキアが呼吸をするたびに空間は安定するといわれている。
 確か、こんな感じだったと思う。全て、神話を研究しているチャンピオンからの受け売りではあるが、間違いはないだろう。オレたちは今、神にも匹敵するポケモンを目の当たりにしているのだ。

「このときを待っていたぞ。ディアルガとパルキアよ。この世界を形作るのは時間と空間の二重螺旋。ならば、わたしはおまえたちの持つ能力をわたし自身の力として、新しい銀河を! 宇宙を誕生させる!」

 絡み合っていた赤い鎖が再び解け、それぞれディアルガとパルキアに絡み付いた。二匹の苦しげな叫びが響き渡り、空気が振動する。

「「!」」
「今の不完全で醜い世界は消えるがいい。一度全てをリセットする。究極の世界、完全な世界を創るため。心といった曖昧で不完全なものなどなくなれ」
「おまえ! 止めろ! そいつら苦しんでるじゃねーか!」

 オーバが叫んだとき、高い鳴き声が響いた。ディアルガのものでもパルキアのものでもない。それは、ヒカリやコウキ、ジュンについてきたポケモンたちの鳴き声だった。三匹は空中から現れて、ディアルガとパルキアの周りを浮遊している。

「……やはりな。知識の神、ユクシー。意志の神、アグノム。そして感情の神、エムリット。……シンオウを守るため、哀れなポケモンたちが来たか。精神のシンボルとされる湖の三匹が揃ってこそ、時間と空間のポケモン、どちらか一匹とバランスが保たれる。だが、ディアルガとパルキアの二匹が同時に現れてはどうすることもできないだろう。……さて」

 ようやく、アカギはオレを見た。昔と同じ、何の感情も籠もらないプラスチックのような目で、オレを見下ろした。

「きみが来ることは予想外だったよ。デンジ」

 どうやらオレのことを覚えてはいたらしい。しかし、ただそれだけのこと。それ以上の感情も、それ以下の感情も、持ち合わせてはいないようだ。それでいい。そのほうが戦いやすい。

「残念だが、今から全ての心が消える。きみから! きみのポケモンから! きみの大事な人たちから……!ようやく、わたしの夢が叶うときが来たのだ!」
「アカギ」
「彼女には、それに協力してもらおう。ポケモンの言葉を正確に理解し、森羅万象のオーラを掴み、人を凌駕する能力を持つ、波導使いの末裔である彼女に。この力をも、わたしはわたしの力とするのだ」

 ドンカラスが脇に退いた。そこに、レインが瓦礫に寄りかかって倒れていた。まるで死んでいるようにその瞼は閉じられていて、アイスブルーの瞳がオレを映すことはなかった。





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