149.君の世界を取り戻す


〜DENJI side〜

 半分夢の中にいるような、それこそ悪夢でも見ているかのような感覚だ。悪夢であればどんなにいいか、この数十分間の間に何度も考えた。悪夢であってくれるならいくらでも見るから。現実ではレインが笑っていて、夢の中でオレだけが辛いだけならそれでいいから。何度も何度も、願った。
 だが、シャワーズは泣いている。オレの手の中には、壊れたモンスターボールが六つ、ある。そして、リオルが言うレインの波導が消えたという事実が、決め手だ。
 レインは悪の組織に捉えられた。これは、現実なのだ。

「なんだよ……なんでレインがギンガ団のボスなんかと戦ってるんだ!?」

 オーバが叫んだ。こいつは、映像から何度も目を逸らす動作を見せていた。そのたびに、喉の奥で、慟哭を押し殺していた。
 オーバは、情に厚い人間だ。それが友であったり、肉親であったりするなら尚更のこと。もしかしたら、痛めつけられるレインの悲惨な姿に、オレ以上のショックを受けているのかもしれない。

「新しい世界を創るため、レインに協力してもらうって、どういうことだ!? 波導使いの末裔ってなんだ!?」

 そんなの、オレだって聞きたい。しかし、予想はついている。昔からレインが持つ不思議な『力』も含めて、映像の中で見た青い光が、波導というものなのだろう。あれは、チャンピオンやスモモのルカリオが自身を守るときに放つ光とよく似ている。

「なあ、デンジ!」
「あーうるさい。ちょっと黙ってろよ、オーバ」
「っ! 何でこんなときにおまえは冷静なんだよ!」

 焦燥に身を任せ、オレの腕を掴んだオーバが、目を見開いて息を呑んだ。
 オレが、冷静であるわけ、ないだろう? 腕は震えてるし、頭の中はグチャグチャで、立っているのがやっとなんて。オレは平静を装うので精一杯で、取り乱しそうになる気持ちを全ての理性で抑えているのだ。
 レインの身は無事なのかという不安。また何も言わずに危険に飛び込みやがってという怒り。そして、リオルを預かったときにレインの異変を感じていながらも、それを深く捉えていなかった昨日のオレへの後悔。
 頭の中で混乱する全てに飲み込まれてしまいそうになるのを、必死に耐える。感情に溺れて、冷静な判断ができなくなれば、レインのことだって、救えないのだ。
 オレは震える手のひらを握りしめ、深く息を吐いた。

「デンジ、おまえ」
「……ヒカリ。アカギとレインはテンガン山に向かったんだな」
「はい。きっと」
「わかった。すぐに行くぞ」
「はい!」
「ちょっと待てよ! すぐに乗り込む気か!? 素性もわからないヤバい相手と戦いに行くのかよ!? 相手のことをもう少し調べてからのほうが」
「どんな奴だろうが関係ない」

 レインの声が消えない。痛々しい叫び声が、鼓膜にこびり付いている。
 精神を狂わせられる中、あいつは確かに、オレの名前を呼んだ。最後の意識を繋いで、か細い声で、助けてくれって、泣いてた。

「レインが泣いて、助けを求めてた。戦いに行く理由なんてそれだけで充分だ」

 オーバが目を見開いた。そして、深く頷いたかと思えば、いつものようにニッと笑った。ようやく、こいつも少し冷静になったらしい。全く、いつもとは立場が逆だな、オレたち。

「だなっ。よーしっ、俺も行くぜ! 幼馴染みとして見て見ぬ振りはできないからな!」
「デンジさんはジムリーダーだから強さは信頼できるんですけど、赤髪のお兄さんは大丈夫なんですか?」
「案ずるな。ほのお使いの四天王、オーバ様とは俺のことだ!」
「……四天王〜?」
「あっ! その顔、信じてねぇだろ! しかもアフロを見ながら言うな!」
「じゃあ、証拠を見せて下さいよ」
「よーし! ちょっと待ってろ。トレーナーズカードをだな……」

 わざとらしく騒ぎ出したヒカリとオーバを素通りして、オレはシャワーズと視線を合わせられるよう膝をついた。

「おまえはここにいてくれ」

 予想通り、シャワーズは首を横に振った。

「連れて行きたいのは山々だが、おまえはあの戦いでダメージを負っている。おまえの回復を待っている間に、アカギはレインをどうするかわからないんだ。……わかってくれ」

 一言一言を落ち着いて言い聞かせるように話すと、シャワーズはゆっくり首を縦に振った。ポロリ。また、大きな粒が目から零れた。

「サンダース。おまえはシャワーズの傍にいろよ」

 サンダースはこくりと頷き、シャワーズの涙をペロッと舐めた。ブースターは一鳴きしたあと、自らオーバのモンスターボールに戻っていった。
 オレは立ち上がり、オーバに預けていたリオルと視線を合わせた。

「リオル。おまえは連れていくぞ。レインの波導を感知できるおまえがいれば、レインは早く見付かるかもしれない。……泣いてばかりじゃ、主人は救えないんだ。協力してくれ」
『はい……っ』
「よし。それから、壊れているモンスターボールはひとまずポケモンセンターに預けて……」

 両手のひらの中の六つのボールのうち、一つがカタカタと音を立てて、揺れている。覗き込んでみれば、中にいるポケモンと目があった。ランターンだ。
 開閉スイッチが壊されて出られないことくらい、こいつは理解しているだろう。それでもなお、何かを訴えかけるようにオレを見つめ、モンスターボールを揺らしている。レインの手持ち全員が主の身を案じている。しかし、ランターンのその想いは他より群を抜いて強い。そんな気がした。
 リオルに通訳してもらう時間もいらない。オレは静かに頷くと、ランターンが入っているモンスターボールを腰につけた。
 ポケモンセンターにモンスターボールを預けて外に出ると、ヒカリがトゲキッスとフワライドを呼び出して、待機していた。オレはリオルを肩に乗せ、落ちないようしっかり掴まっていろと念を押して、トゲキッスに飛び乗った。
 ヒカリはフワライドの足のような部分に腰掛け、オーバは膨れ上がった自らのフワライドの頭に乗った。三体同時に空に舞い上がり、目指すは西。シンオウ地方の中心にそびえ立つ聖山――テンガン山へ。
 ヒカリが連れてきたピンク色をしたポケモンが、先頭に立って空を飛ぶ。景色がどんどん後ろへと飛び、消えていく。

「なあ、オーバ」
「ああ〜!?」

 風の音でよく聞こえないのか、オーバは声を張り上げた。オレは声量を変えず、話を続ける。
 あの映像を見ていて、ずっと気になっていたことが一つだけあるんだ。

「あのアカギという男、ナギサシティ出身だと知っているか?」

 その言葉に、ヒカリまでもが振り返った。
 そうだ。オレはギンガ団のボスだというあの男を、アカギを知っている。幼い頃、オレはあいつを友達だと思っていたほどなのだから。





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