147.起きたまま悪夢を見る


〜DENJI side〜

 昨晩、オーバに電話した。四天王の件でオーバから連絡があり、レインからリオルを預かった、その晩のことだ。
 レインからそれはそれは可愛いリオルを預かったのだと、スマホ越しに話すオレの声は相当甘ったるかったのだと思う。時折、オーバが電話の向こうで「ヒイッ」と喉をひきつらせて鳥肌を立てる気配が伝わってきたくらいだ。そんなに気持ち悪いか。失礼極まりない。まあ、オレがオーバの甘い声を聞いても同じような反応をするとは思うが。
 とにかく、このような経緯あって預かったリオルがいかに可愛いかということを、軽く一時間は語った。まだまだ話し足りないくらいだったが、明日会いに来るから今日はもう勘弁してくれというオーバの言葉に、渋々通話を切ったオレはまたリオルと戯れた。
 ベッドに寝ころんで高い高いしてやると、それはもう堪らない笑顔を見せてくれるんだ。オレの顔も自然に綻んでしまう。ちなみに、サンダースの冷めた視線は完全にスルーを決め込んだ。だって、可愛いものは可愛いんだ。
 そして今日、有休をとってナギサジムに足を運んだオーバの顔を説明すると、こうだ。『話が違う』、だな。

「……おい。デンジ」

 可愛らしい笑顔と声で甘えてくれるまだ赤ん坊のリオルだと、オーバには話していたのだが。

「さっきからそのリオル、泣いてばかりじゃねぇか」

 オーバは重い息を吐き出した。本日の主役であるはずのリオルは、オレの腕に抱かれてめそめそと泣いているのだ。泣き出してからかれこれ一時間は軽く経過しているだろう。
 オーバが来る少し前から、そうだった。それまではサンダースと楽しそうに遊んでいたのに、本当に突然、動作を固まらせ、次の瞬間ポロポロと大粒の涙を零し始めたのだ。
 どこか痛いのかと聞いても首を横に振り、レインが恋しくなったのかと問えばさらに激しく泣き出し、じゃあどうしたのだと理由を聞いても何も言わない。いや、何かを言おうとしてはいるようだが、嗚咽が邪魔をして言葉にならないらしい。オレもさすがに、困った。

「リオル……いったいどうしたんだ」
『ひっ、うぅ……』
「なっ? 泣いてたらわかんないぜ?」
『っ……レイン、さま、が』
「「レイン?」」
『レインさまの、波導、が』

 波導。波導というものは人やポケモンはもちろん、自然や感情などありとあらゆるものが持つオーラに近いものだ。波導を感知できるリオルやルカリオは、人間の波導を読むことで人間の言葉を正確に理解する――ということを、昨日リオルから教わった。オーバにはオーバの、オレにはオレの波導があるらしいのだ。もちろん、レインにはレインの波導がある。その、レインの波導が?
 ようやく落ち着いてきたリオルは、すうっと息を吸い込んで、長く吐き出した。流れる涙はそのままに、ようやく、口を開いた。

『レインさまの、波導が、消えちゃいました……』
「「!?」」

 ちょうどそのとき、モニターにショウマの顔が映し出された。『リーダー! 一人のチャレンジャーがすごい勢いでそっちに向かってますーっ!』どうやら、オレへと通じる最後の壁までもが破られたらしい。こんなときに、なんなんだ……。
 軽く舌打ちをした瞬間、バトルフィールドの扉が開いた。ジムトレーナーとジムの仕掛けを猛スピードで攻略したチャレンジャーとは、十代半ばほどの少女だった。見たことがある。レインと一緒にコンテストに出ていた子だ。オーバもそれに気付いたらしく、「あ」と声を漏らした。
 少女はトレーナーケースを取り出し、それとオレたちを交互に見比べた。

「あなたがジムリーダーのデンジさんですか?」

 少女は、オレを真っ直ぐに見つめて問いかけてきた。トレーナーケースのジムバッジの欄にある、ナギサジムリーダーの顔とオレの顔が一致したのだろう。
 オレはオーバにリオルを預けて、立ち上がった。近くまで歩み寄ってきたチャレンジャーを上から下まで見つめる。白い帽子、長い髪、小さなバッグ、真っ赤なコート、短いスカート、ピンクのブーツ。
 そして、可愛らしい外見とは裏腹に、強く鋭い目をしている。こんなときでなければ、久しぶりに楽しめる相手だったかもしれない。本当に、こんなときでなければ。

「ああ。オレがナギサジムリーダーのデンジだ」
「あたしはフタバタウンのヒカリです」
「チャレンジャーか。悪いが、今はジム戦をしている場合じゃ」
「そのリオル、レインさんのリオルですよね?」

 少女は、オーバに抱かれているリオルを指さして、言った。なぜ、それを知っている? その問いを口にする前に、その少女――ヒカリはバッグの中から六つのモンスターボールを取り出した。その中の一つ、妙に真新しく綺麗なモンスターボールが、弾けて。

「シャワーズ!?」

 レインのイーブイ――いや、シャワーズが出てきた。シャワーズに進化してからは初めて会ったが、わかる。レインのイーブイは、平均サイズよりだいぶ小さいイーブイだったし、目の前にいるシャワーズも、シャワーズという種族の平均サイズよりも小さい。それに何より、オレのサンダースがシャワーズを一目見て颯爽と駆け寄り、オーバのモンスターボールからブースターが飛び出してきたからだ。
 モンスターボールから出たシャワーズは不安げな顔をしていたが、オレやオーバ、サンダースやブースターの顔を見た瞬間、ポロポロと涙を流し始めた。リオルと同じようにしゃくりあげながら、次々に涙を地面に落とす。……泣き出したシャワーズは、サンダースとブースターに任せるとしよう。
 オレは、ヒカリが差し出した残りのモンスターボールを受けとった。五つのモンスターボールには至る所にヒビが入っていて、いずれも開閉スイッチが壊されていた。

「ヒカリ、だったな。この壊れたモンスターボールはレインのものか」
「はい」
「……レインに何があった?」

 声が震えてしまわないように、必死に動揺を殺した。壊れたモンスターボールと、泣いているシャワーズとリオル、そしてレインの知り合いらしいヒカリの只ならぬ雰囲気から、あいつによくない何かが起こったのだと予測つく。
 それが何なのか知らなくてはいけないと思いつつ、心のどこかでは知るのが怖いと思っている。そんなオレの心情を知ってか知らずか、謎はすぐに解決した。ヒカリの背後から桃色の体をしたポケモンが飛び出してきて、そいつは額にある石を光らせ、オレにある映像を見せたのだ。





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