146.一筋の光を頼りに


〜HIKARI side〜

 耳元で大気の混ざり合う音が囂々と鳴る。風に乗り、空を裂き、トゲキッスの背に乗ってひたすらに東を目指した。ポッチャマは落ちないようにモンスターボールに入れた。代わりに、あたしはエムリットを腕に抱いている。
 二つの瞳が不安そうに揺らいでいる。この子は、これから何が起こるのかすでに知っているに違いない。速く、速く。焦る気持ちがトゲキッスにも伝わったのか、飛行速度が速まった。
 そらをとぶを覚えているポケモンにのみ人間が乗ることのできる理由。それは、時速数十キロで飛ぶポケモンたちの背に乗ることで身体に浴びる空気抵抗から人間を守る見えない膜を、この技を覚えているポケモンのみが出せるからだ。
 ダイビングの原理と少し似ている。あれも周りの水圧から人間を守る膜を出し、ポケモンは人間を海底に連れていく。ひでん技は、人間のために人間がポケモンに覚えさせるよう開発された技なのかもしれない。
 急かされる気持ちとは裏腹にそんなことをぼんやり考えていると、先ほども鳴ったばかりのスマホが鳴った。……ジュン、だ。微かに緊張している指先で通話ボタンをタップすると、あいつは緊張やシリアスな空気を吹き飛ばすような、いつもの声であたしの鼓膜を揺らした。

『ヒカリ! なんかおれのところにアグノムが来たんだけどよ!』
「そう」
『どういうことだ!? ギンガ団から助け出したのか!?』
「そうよ。……でも」
『でも?』
「……アグノム、何か言ってない?」
『言ってたぜ! おまえの意志の強さを確認したからテンガン山に行けとかなんとかって』
「さっきコウキからも連絡が来たの。ユクシーが自分のところに来たって。きみの知恵を貸してくれって。あたしのところにもエムリットがいるの」
『どういうことだよ!? テンガン山で何があるんだ!?』
「わからない。でも、行かなきゃダメなの! ギンガ団が新しい世界を創り出すとか訳のわからないことをしようとしてるの!」
『ギンガ団が……!』
「ジュン。来てくれるでしょう?」
『ああ。……あのままで終わらせられないからな。ヒカリ。ありがとな』
「え? 何が?」
『あのとき、肩貸してくれて』

 あのときがいつだったかなんて、思い出す暇はいらなかった。だって、最近のあたしは頭のどこかで、いつもあのときのことを考えている。
 真っ白な雪の中、透明な涙、伸ばされた腕に――抱きしめられた。
 頬に熱が集中するのがわかる。電話越しでよかった。見られなくて、よかった。

「べ、別にいいわよ! あたしに感謝してるなら、行動で示してよね」
『了解! テンガン山だな! すぐに向かうぜ! おまえも向かってるんだろ?』
「あたしは少し寄る場所があるけど、すぐに向かうわ。コウキも来てくれるらしいから」
『ああ! じゃあ、あとでな!』

 ジュンが通話を切ってからしばらくして、耳からスマホを離し、通話時間をぼんやりと見つめ、それを仕舞った。
 再び前を見つめる。太陽はあたしの背中にある。西からあたしが進む道を照らしてくれている。
 頬を撫でる風の匂いに、微かに潮の香が混じってきた。





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