139.氷を溶かす熱情で


 『キッサキシティ ポケモンジム リーダー スズナ ダイヤモンドダストガール』
 通り名からもわかる通り、スズナちゃんは冷気を纏うこおり使いだ。ジムの内部も外と同じくらい室温が低く、ジムの床ほぼ全面に氷が張られている。それをスケートのように滑りながら、巨大雪玉を割って、道を作り進むのだけど……。運動神経がお世辞にもいいとはいえない私にとって、このジムの仕掛けを攻略することは、ある意味ジムリーダーに勝つことよりも困難かもしれないのだ。

「きっ、きゃあ……! す、滑る滑る転んじゃう……!」
『レインさま、転ばないでくださいね。お怪我しちゃいます。リオルも潰れちゃいます』
「え、ええ。気を付けてるつもりなのだけど……」
(たのしーい! 息がしろーい! つるつるー)
「しゃ、シャワーズったら待ちなさい……!」

 シャワーズのはしゃぎようは、新しい遊びを見付けた子供のようだ。氷の上を軽快に滑り、巨大雪玉に突撃し、雪にまみれて声を上げて騒ぐ。ジムトレーナーさんたちの微笑ましげな視線が、逆に少し恥ずかしい。雪玉を壊してくれるのは大助かりではあるけれど。……こうなったら開き直るしかない。仕掛けは全てシャワーズに任せるとして、私に課せられた使命は、リオルを肩に乗せて転ばないようにあの子の後を追うことだった。
 しばらくは順調に進んでいたけれど、そもそも私に似ているシャワーズは運動神経が特にいいわけもなくて、とうとう足下を滑らせて顔面から氷に激突してしまった。

「シャワーズ!」
(……マスター。お鼻、痛い)
「ほら。もう、調子に乗るんだから……」
「あれー? レインさんー?」

 顔を上げれば、黒い髪を三つ編み結って学生服のようなデザインの服を着ている女の子が、目の前に立っていた。彼女がここ、キッサキジムのジムリーダーであるスズナちゃんだ。私たちはいつの間にか、一面が雪に覆われたバトルフィールドまで来ていたのだ。

「こんにちは。スズナちゃん。今日は……」
「わー! すっごい久しぶりですね! あ。最近、デンジさんとはどうですか? いい感じですか?」
「え……いい感じ、って? いつも通り、仲は良いわよ」
「あー。そういうことじゃなくってー!」
「す、スズナちゃんストップ! 今日はお話に来たんじゃないの」
「?」
「ポケモンバトルを申し込みにきたの。私とジム戦をしてください」
「レインさんがチャレンジャー? いいですよ。強い人、待ってたし」

 会ってすぐからマシンガントークを繰り出していたスズナちゃんだったけれど、ジム戦という言葉に顔付きが変わった。ジムリーダーとしてのそれ、だ。勝負への期待、自信、高揚感が、彼女をスズナちゃんというイマドキの女の子からジムリーダーへと変えるのだ。

「でも、スズナも気合い入ってるから強いよ? ポケモンもオシャレも恋愛も、全部気合いなのっ! そこんとこ見せちゃうから、覚悟しちゃってくださいね!」
「ええ。よろしくお願いするわ」
「さあ! いっけー! ニューラ!」
「こっちはジーランスで!」

 短い時間だったけれど、私なりにちゃんと戦略は練ってきた。基本的に素早さと攻撃力が高いニューラには、物理受けに特化したジーランスを当てる。

「いっくよー! こおりのつぶて!」
「負けないで! いわくだき!」

 こおりのつぶてをいわくだきで割り、最後の一撃をニューラの額に叩き込めば、効果抜群の上に急所に当たって一撃で相手を沈めることができた。鋼鉄島での修行の成果が、ここでも現れたのだ。

「やっるー! じゃあ次! イノムー!」
「トリトドン! お願い!」

 相手はじめんタイプとこおりタイプを持っている。対するこっちは、じめんタイプとみずタイプ。相性的には、こちらに分がある。

「最初から決めちゃうよー! じしん!」

 バトルフィールドが大きく揺れた。立っているのがやっとという状態のトリトドンへと、イノムーが駆け込んできて、そのまま弾き飛ばされた。氷の柱に叩きつけられて、トリトドンは大ダメージを受けてしまった。
 しかし、ここで怯むトリトドンではなかった。前回のトウガンさんのジム戦で、一番悔しい思いをしたのはこの子だ。敗北を知らなかったこの子は、悔しさを知り、もう二度とその思いを味わいたくないと、懸命に修行をしていた。トリトドンはキッと目をつり上げた。

(ボクはもう絶対に負けないんだ! マスター!)
「ええ。じこさいせいをした上であまごいよ」

 室内に雲が発生し、冷えた水蒸気が雨になり、バトルフィールドに降り注いだ。

「みずタイプの技を出される前にとどめいっちゃうんだから! ゆきなだれ!」

 こちらが技を決める前に、先手を切られた。ジム内の雪が一斉にトリトドンになだれ込む。タイプ一致で威力が増していたと思う。だから、大ダメージを受けたからこそ、この技で大ダメージを狙えるのだ。

「ミラーコート!」
「あっ!」
「そして、なみのりよ!」

 こちらが繰り出した連続攻撃を受けて、イノムーは倒れた。スズナちゃんは一瞬だけ表情を驚かせたけれど、またすぐに不敵な笑みを浮かべた。

「あははっ! 久しぶりに楽しくなってきたっ! ユキノオー!」

 雨が冷気に負けて霰へと変わる。ユキノオーの特性、ゆきふらしが発動したのだ。
 大ダメージを受けたトリトドンをボールに戻し、私はラプラスを繰り出した。みずタイプ、そしてこおりタイプを持つラプラスの登場に、スズナちゃんは目を輝かせた。

「わー! ラプラス! やっぱりキレー」
(ご主人。この人、あたしのこと綺麗だって。倒さなきゃダメ?)
「そ、そうね。いくら褒められても勝負だから……」
(だよねっ)

 ラプラスは霰にまみれたとしても、自身がこおりタイプだからそのダメージは受けない。その点はいい。でも、こおりタイプだからこそ、その道のプロフェッショナルであるスズナちゃんには強みも弱みも全部知られている。

「今度はこっちが一撃で終わらせちゃう! スズナとユキノオーのきあいだま! いっけー!」

 ユキノオーの両手のひらから光の玉が出現し、勢いよく放たれた。運良く攻撃は外れたけれど、床には大穴が穿たれた。きあいだまは、かくとうタイプの技だから、ラプラスが食らったら一溜まりもない。それこそ、本当に一撃で沈められてしまう。

「まだまだ! きあいだま!」
「命中させないように、辺りにしろいきりを張るのよ」

 ラプラスの口からしろいきりが吐き出されて、視界を白く濁した。霰と合わさって視界は最悪だ。自分も相手も技を命中させるのは難しい。だから、命中率がどうこう関係ない、あの技で終わらせる。

「うずしおで閉じこめるのよ!」
「!」
「そして……ほろびのうた」

 バトルフィールドの反対側で、スズナちゃんが息を呑んだのがわかった。ほろびのうた。聴いたもの全てを、自らをも戦闘不能に追いやる、破滅へ誘う歌だ。熟練したポケモンが歌えば、相手を死にまで追いやることもあるという。
 ラプラスの口から死の旋律が紡がれ始めた。不気味で、しかしどこか美しい、不協和音はユキノオーにも届いているはず。しかし、相手はうずしおから逃れられない――そう。ダメージを与えるためではなく、逃げ道をなくすため、ラプラスにうずしおを使わせたのだ。
 私は歌い終えたラプラスをモンスターボールに戻して、シャワーズをバトルフィールドに出した。これでラプラスは大丈夫。逃れられなかったのはユキノオーだけ。
 うずしおが解かれたとき、すでに勝敗はついていた。不協和音に脳をグシャグシャにされ、目を回して倒れているユキノオーをモンスターボールに戻し、スズナちゃんは最後のボールに手をかけた。

「いいよ! とっておきの一匹で相手してあげるんだから! ユキメノコ!」

 雪に隠れる白い儚さを持つユキメノコは、かげぶんしんを使ってさらに回避率を上げた。私はシャワーズにアクアリングをまとわせて、でんこうせっかを命じたけど、当たるもの全てがユキメノコの幻影だった。本体へはこれっぽちもダメージを与えられていない。
 霰の中からシャドーボールが飛んでくる。様々な方向から飛んでくるそれの予想は難しく、うまく避わせない。シャドーボールが地味にシャワーズの体力を削っていく。焦らないで、考えなきゃ。
 ……そう、いくら幻影が多くても、技を出すのは本物だけ。ダメージを受ける代わりに、シャドーボールが飛んでくる方向から、ユキメノコ本体の居場所がわかる。

「シャワーズ! 背後に向かってだくりゅうよ!」

 ビンゴ、だ。ユキメノコは濁った水の波に押し流された。

「あなたの気合い、伝わってくるけど負けないから! 行くよっ! 必中! ふぶき!」

 霰の中でのふぶきは必中だ。舞い散る雪は凶器となり、シャワーズを襲う。雪に埋もれたシャワーズは、体中の体温を奪われ、そのまま氷漬けになってしまった。

「一匹終わり! さあ、次はどの子を出す?」
「……ダメなの」
「ん?」
「私たちは負けられないの!」

 だって、ここで負けていたら、ギンガ団相手に立ち向かえない。どんな危険が待ちかまえているかわからない場所へ向かうのに、負けたらやり直せるこの状況で、甘えていられない。ギンガ団との戦いは、負ければそこで終わりなのだ。捕まえられて、最悪、みんな殺されてしまうかもしれない。やり直しはきかない。負けられない。
 私は「シャワーズ!」と叫んだ。シャワーズもきっと同じ気持ちだった。負けられないと思っていたのだ。
 ピシリピシリと氷が割れた。内側から氷を破り、シャワーズが出てきた。

「ハイドロポンプ!」

 その勢いで、シャワーズが覚える最高威力の技を繰り出した。正面から技を受けたユキメノコは、ふらふらとよろけて、床に倒れ込んだ。戦闘不能。私たちの勝利だ。スズナちゃんはユキメノコをモンスターボールに戻し、私たちに拍手をくれた。

「すごいすごい! 尊敬しちゃう! うん。なんだか、あなたの気合い。そういうものに押し切られちゃった。レインさんって意外と熱い人なんですねっ」
「そ、そう?」
「はい! だからこれ、あげちゃいます」

 スズナちゃんに勝った強さの証、グレイシャバッジ、だ。「スモモちゃんに鍛え直してもらわないと」そう言う彼女に見えないように、私はバッジを強く握りしめた。今持っている七つのバッジが、これから待ち受けている戦いのお守りになってくれるような気がした。





- ナノ -