138.雪結晶に決意を歌う


――キッサキシティ――

 氷が煌めく雪の街――キッサキシティ。立ち並ぶ樹木、建物、全てが降り積もる雪に厚く覆われて、一面に銀世界が作り出されている。海にも隣り合っている街だけど、ナギサシティから見えるそれとは違い、キッサキシティの海には厚い氷が浮いている。街の奥にはキッサキ神殿があり、そこはジムリーダーに認められた者のみが立ち入ることが許される聖域らしい。
 息を吐いて両手を温め、ケープの首元をキツく結びなおした。ダイヤモンドダストが舞うこともあるこの街の気温は、常に氷点下だ。防寒対策をしっかりしていないと、凍えてしまう。

「あっ! レインさん!」

 聞き覚えのある声がして、まさかとは思いつつ振り向いた。トバリシティのジムリーダーであるスモモちゃんが、なぜかそこにいる。しかも、ジム戦をしたときと同じように、タンクトップにジャージといった薄着で、だ。道場と同じように、靴ももちろん履いていない。

「スモモちゃん! こんなところまで裸足で……寒いでしょう?」
「いえ、これも修行ですから」
「そう……。でも、風邪を引かないように気を付けてね」
「はい。ありがとうございます。レインさんはこれからジムに挑戦ですか?」
「え……ええ。そうなの。」
「ジムリーダーのスズナさんはこおりタイプの使い手ですけど、とっても熱い心を持った人なんです! 勢いに呑まれないように、頑張ってくださいね」
「ええ。全力で挑んでくるわ」
「はい! スズナさんって、すごい人なんですよ」
「すごいって?」
「苦手なかくとうタイプが相手でも強くなりたいからって、あたしと練習したいって言われたんです。そういう、常に上を目指しているところとか、すごく尊敬します。普段から仲良くしてもらってますし」
「スモモちゃんはスズナちゃんのことが大好きなのね」
「えへへ。はい! あたしも早くスズナさんに会いたいですけど、ポケモンセンターで少し暖まってから行きます」
「そうね。それがいいわ」
「レインさん、ご健闘をお祈りしてますね!」

 一礼をしたあと、スモモちゃんは私が来た方向へと走っていった。私が残したブーツの足跡と、スモモちゃんが残した素足の足跡が、ぐちゃぐちゃに雪の上で混ざっている。私はまた目の前の建物に向き直り、数時間前の出来事を思い出した。

 ――コウキ君のフーディンにテレポートを使ってもらい、私たちはキッサキシティに移動した。ポケモンセンターにいるとヒカリちゃんに言われていたので、すぐさまそこを訪れる。自動ドアが左右に開いた瞬間、暖かい空気が体全体を包み込み、思わずホッとした。
 暖房が利いた室内を見回す。ロビーにはヒカリちゃんしかいなかった。コウキ君は心配そうにヒカリちゃんへと駆け寄った。

『ヒカリ。大丈夫? ギンガ団に酷いことされてない?』
『あたしは……大丈夫』
『ジュン君は?』
『部屋に籠もっています』

 真っ直ぐで強い意志を持つ彼のことだ。おそらく、ユクシーを守れなかったことを悔やんでいるのでしょう。今はそっとしておくのが一番かもしれない。
 しかし、ヒカリちゃんの様子がおかしいのも気がかりだ。いつも感情を失わない彼女だけど、今日はいつもより沈黙が多く、視線も伏し目がちだった。コウキ君も、彼女の異変に気付いたみたいだ。

『ヒカリ? どうしたの?』
『……コウキ、レインさん。あたし、湖のポケモンたちを助けに行きます』
『『!』』
『ギンガ団のアジトに乗り込みます』
『危ないよヒカリ!』
『わかってるわよ! でも……あの子たち、きっと苦しい思いをしてる。あの子たちは何も悪いことをしていないのに、そんなのおかしいじゃない! それに、ポケモンを道具みたいに使うなんて……あいつら、許せないもの』

 湖のポケモンへの想いと、ギンガ団に対する激情が、波導を感じなくても伝わってくる。本気だ。きっと、誰が止めても彼女は行くと言って聞かないのでしょう。……それなら。

『私も行くわ』
『レインさん!』
『コウキ君……私ね。初めてリッシ湖を訪れたときに、か細い声を聞いたの。今思えば、あれはアグノムが危険を予知して出したSOSだったのかもしれない。それに、私は気付けなかったから。だから……』

 今度こそ助けたいと思う。危険な場所だとわかってる。でも、あの子たちの方が危険な目に遭ってるんだもの。
 いつだったが、シェイミが言っていた。私の『力』は、波導は、ポケモンと人間の架け橋となるものだと。それを私が持っている理由。人間がポケモンに害を与え、ポケモンが人間に抱く信頼を壊したのならば、それを修復するのが波導使いの役目の一つだと思う。ポケモン、人間、自然。全ての存在の気持ちを汲む力があるのは、きっと私たちだけなのだから。
 三匹を助けたい。助けて、人間はポケモンたちを愛してるんだって、伝えたい。

『コウキはナナカマド博士の傍にいて。また、博士を狙ってギンガ団が来るかもしれないから』
『……わかった。でも、二人とも本当に無理はしないでね』
『ええ……ありがとう。コウキ君』

コウキ君の沈痛な声に、私たちは静かに頷いた。

 ――アジトに乗り込むのは明日。だから、今日の残りの時間は最後の実力試しに使うつもりだ。
 私は目の前の建物に、キッサキジムに足を踏み入れた。





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