136.感情の消失


――シンジ湖――

 一つだけ幸いなことがあった。それは、ここでは爆弾を使われていないということ。湖は透明な水をなみなみと保ち、それを守り囲むように生える草木も、私が以前ここを訪れたときと変わっていない。
 異質な光景といえば、ポケモンを乱獲するギンガ団がいることや、ナナカマド博士がギンガ団に押さえつけられていることだ。私がテレポートして姿を現した途端、ナナカマド博士は表情をパッと輝かせた。

「ナナカマド博士!」
「おおっ! レイン君、よく来てくれた!」
「ギンガ団、まさかここでも伝説のポケモンを……!」
「そうだ! レイン君! この先にいるコウキを助けてやってくれ! ギンガ団幹部と戦っておるのだ!」
「でも、ナナカマド博士は」
「わしのことならいい! えいっ! この愚か者め!」
「イタイ! イタイ!! なんだよこのじーさん!?」

 ナナカマド博士は手に持っている分厚い資料で、ギンガ団員を殴りだした。時折、資料の角が脳天に食らえば、ギンガ団は数歩よろめいた。
 ナナカマド博士は、以前ギンガ団に狙われたことがあるほど彼らにとって特別な人物だ。そんな彼に手荒な真似はしないことを信じて、私は先へと進んだ。
 湖の手前の岸に、コウキ君はいた。ゴウカザル、ピクシー、フーディン、レントラー、ガブリアス、ドクロッグ。手持ちを総動員して、ギンガ団幹部と戦っているようだ。
 コウキ君と対峙しているのは、谷間の発電所で見た赤い髪の女幹部――マーズさんだった。手持ちの状態から察するに、どうやらコウキ君が接戦の末に勝利したらしい。マーズさんは驚愕し、地団太を踏んでいる。

「あたしが負けた!? ギンガ団の幹部として……こんなことってあり得ない!!」
「コウキ君!」
「レインさん!」
「伝説のポケモンは?」
「ぼくが戦っている間にどこかへ運ばれて……」
「あんた……発電所で邪魔をした女! そう……この子供の仲間だったの」

 怒りにギラギラした目を押さえて、マーズさんは深呼吸をした。

「……落ち着いて、マーズ。今回は湖に眠っていた伝説のポケモンをアジトに運ぶことがあたしの仕事……そうよ! 今回の仕事は大成功なのよ! おまえたち、引き上げるよ! アジトでボスがお待ちかねだわ!」

 マーズさんが命じたと同時に、その他のギンガ団はそれぞれの動作を停止させ、彼女の方に向き直った。まるでロボットのような従順さが、不気味だった。

「ここもリッシ湖と同じように干上がらせてもよかったんだけど、サターンが派手にやってくれてここのエムリットってポケモンが、眠っていた洞窟から出てきたの。きっと仲間を助けようと目覚めたんでしょうけど、おかげであたしたちは楽できちゃった!」
「なんてやつらだ……!」
「エムリット……」
「さて。感情の神エムリット。意志の神アグノム。そして知識の神ユクシー。あと一匹で全てがそろうわ! 全てを集めたギンガ団が何をするのか……お楽しみに!」

 マーズさんを含めその場にいた全てのギンガ団が、先ほどの幹部と同じようにゴルバットに掴まり、空に舞い上がる。コウキ君がレントラーにほうでんを命じたけれど、彼らは電撃が届かないところまで高度を上げ、空の彼方に消えた。ひこうタイプを持たない私たちは追いかけることもできず、彼らが逃げ去るのをただ見ているしかできなかった。そこに、やや息を乱したナナカマド博士もやってきた。

「ナナカマド博士」
「レイン君。リッシ湖でも同じことが?」
「はい……爆弾を落とされた湖は干上がって、伝説のポケモンはギンガ団に捕らえられてしまいました」
「そうか……はっ! ジュンは!? エイチ湖に向かったジュンが心配だ!」
「ジュン君のところにはヒカリちゃんが……」

 言い終わらないうちに、スマートフォンが鳴った。急いで通話画面を開く。ヒカリちゃんからだ。

「ヒカリちゃん! エイチ湖のポケモンは!? ユクシーは無事!?」
『……』
「……ヒカリちゃん?」
『……ごめんなさい』

 その言葉が何を意味するのかわからないほど愚かじゃない。伝説のポケモンたちは三匹とも、ギンガ団の手に堕ちてしまったのだ。





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