135.意思の亡失


――リッシ湖――

 視界が開けたのと同時に、私は地面に膝をついた。湖が悲鳴を上げている。負の波導が直に伝わってくるからだ。
 湖は干上がり、僅かに残っている水を求めてコイキングたちが力なく跳ねている。花や木々は焼き払われて焦げ臭い匂いが漂っている。これを惨状と呼ばずに、どう伝えたらいいのかわからない。そのくらい悲惨な光景が、私とヒカリちゃんの目の前に広がっている。
 少しでも跳ねているコイキングは、まだ命があるとわかる。でも、目を閉じて横たわったまま動かない子や、体の一部が爆発で吹き飛ばされてしまっている子は、きっと、もう……。
 ヒカリちゃんは目に涙を溜めながらも、怒りで身を震わせた。

「酷い! どうしてこんなこと……!」

 遠くで人の声がする。下品な笑い声だ。姿を確認する前からわかっていたことだったけど、やはり、湖を爆破させたのはギンガ団たちだった。

「ハハハ! うまくいったな!」
「ああ! 次はシンジ湖だ!」
「「!」」
「近くにはフタバタウンのような田舎町しかないからな! 誰にも邪魔されないだろう!」
「っ! あんたたち!」

 ポッチャマ、ミミロップ、パチリス、フワライド、エルレイド、トゲキッス。ヒカリちゃんは自分の持つモンスターボールから、全てのポケモンを呼び出して、ギンガ団へと向かっていった。止めはしなかった。だって、私でも感情が抑えきれずに同じことをしたと思うから。
 しかし今、私はそれをすべきではない。制裁はヒカリちゃんが下してくれているはず。ならば私はそれ以外にできることを。まだ命のある、傷付いたコイキングたちを救わなくては。

「私たちはコイキングを……残っている命だけでも助けましょう!」
(うん!)
「みんな出てきて! あまごいでここに雨を降らせて!」

 私のみずポケモンたち総動員でのあまごいは、リッシ湖全体に雨を降らせるには充分だった。私たちが濡れる分には構わない。少しでも早く、湖の水が元の水かさまで溜まればいいのだけど。
 シャワーズ以外のみんなをモンスターボールに戻し、続いて私はコイキングたちを直に助けるために行動を起こした。明らかに怪我をしていたり、体力を消耗しているコイキングには波導を分け与えて回復させる。
 鋼鉄島で波導の修行を積んでいてよかったと心から思った。でなければ今頃、何もできない歯がゆさに襲われながら、拳を握りしめることしかできなかっただろうから。

「あの空洞は……! ヒカリちゃん!」

 離れた場所に見える空洞に、ギンガ団を蹴散らしながら入っていくヒカリちゃんの姿が見えた。私もそれを追いかけようと立ち上がる。すると、女性のギンガ団が私の前に立ち塞がった。

「邪魔をするというの? あなたもコイキングのように跳ねさせてあげるわ!」
「っ! シャワーズ!」

 相手が先手で繰り出してきたヤミカラスをオーロラビームで沈め、残りをなみのりで一掃させた。あまごいの効果がバトルでも役に立った。
 ギンガ団の隣をすり抜けて、空洞内に足を踏み入れた。そこにはヒカリちゃんの他に、青い髪のギンガ団がいた。
 以前出会った、マーズさんやジュピターさんと同じ雰囲気を、目の前の彼は持っている。おそらく、ヒカリちゃんは幹部と戦って、そして、様子からして勝利したのだ。青い髪のギンガ団幹部は憤慨した様子だった。

「くそっ! ミッションは順調だったのに、このサターンが時間稼ぎにしかならないとは!」
「あんたたち! こんなことして何をしようっていうの!?」
「ふん。ギンガ団は三つの湖に眠っていた三匹のポケモンのパワーを使って新しい宇宙を生み出すのだ!」
「ヒカリちゃん!」

 私は慌ててヒカリちゃんの腕を引いた。敵のゴルバッドが風を起こしてこちらを威嚇してきたからだ。私たちが怯んだ隙に、青い髪の幹部――サターンさんはゴルバットに掴まって、私たちの間を縫うように飛んでいった。
 静寂が戻った空洞に、ポチャンと水滴の落ちる音が響く。波導を感じる。ここには、確かに強い力を持ったポケモンがいた。でも、何らかの力によって捕らえられてしまったのだ。

「レインさん! あいつ、三つの湖のポケモンを捕まえるって言ってました!」
「ええ。コウキ君とジュン君が気になるわ。私たちも追いかけましょう」
「はい! レインさんはコウキのほうを追ってください! あたしはジュンを!」
「わかったわ」
「エルレイド! レインさんをシンジ湖に飛ばして!」

 ポケモンたちの無事を祈りながら、私たちはそれぞれが目指す場所へと飛んだ。しかし、いくら祈っても、待ち受けているのは無情な結末だけだったのだ。





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