130.現在も過去も前世までも


〜GEN side〜

 少しだけ風が強い。しかしそれ以外はいつもと変わらない今日という日。いつも通り、レインちゃんのポケモンたちそれぞれが修行に励み、打倒トウガンさんを目指していた。
 海岸沿いにいるわたしから離れた場所で、レインちゃんがシャワーズにふぶきを命じてハガネールを退けている。はがねタイプのポケモンを相手に、効果が今一つであるこおりタイプの技を繰り出してあの威力とは相当だ。これならきっと、余裕を持ってトウガンさんを倒すことができるだろう。
 修行に励む彼女の傍には、わたしが渡したタマゴがバスケットの中に収まっている。目を細め、口角をつり上げる。あれが孵れば、彼女は全てを自ら思い出してくれるのだろうか。
 そのとき、海から射抜くような視線に気付いた。彼女のランターンだ。わたしはいつもの笑顔を作って話しかけた。

「やあ。休憩中かな?」
(まあね)
「きみは、レインちゃんのパーティーの中でも特に強いよね。見ていてわかるよ」
(当たり前。強くなくちゃレインを守れない。わたしにとってレインが一番大切だから、レインを傷付ける人は許さない。それが貴方でもね)

 赤い目に宿る意志の強さが、ランターンがどれだけ本気かを物語っていた。
 かつてわたしは、色違いのポケモンを過去に一度だけ見たことがある。しかも、そのポケモンとはランターンの進化前の姿だった。
 以前、出会ったことがある色違いのチョンチー、そして目の前にいる色違いのランターン。これは偶然だろうか?

「きみは、あのときのチョンチーなのか?」
(そうだとしたら?)
「……本当に彼女のことが大切なんだね」

 やはり、そうか。だとしたら、ランターンは全てを知った上で沈黙し、彼女の傍に居続けるのか。

(レインと違って、あなたは記憶を失っていないのね)
「そうだね。周りには、十年前以前の記憶はないと言っているけれど」
(レインをどうするつもり?)
「できれば、わたしのことを思い出して欲しいと思っている」
(レインは昔のことを忘れてるわ。今思い出したら、きっとすごく辛い思いをしてしまう。あなたがレインのことを想うなら、何もしないで)
「彼女は知りたいと望んでいる風に感じるけれど」
(傷付くくらいなら思い出さないほうがいい)
「……そうだね。でも、わたしはずっと彼女を待っていた。それこそ、きみが知る過去の彼女と出会うずっと昔から」

 遙か昔から、わたしたちは共に在った。信頼し、支え合い、惹かれあっていた。なのに……わたしは。

「わたしはあのとき、確かに『世界』を守った。でも……『わたしの世界』は守れなかった。だから、再び巡り会えたら、今度こそ共に生きたいと思ったんだ。だから、全てを知った上で彼女にわたしの傍にいて欲しいと願っている」
(……なんのことを言っているの?)
「遠い昔の話だよ」

 わたしが話していることを理解するのは難しいだろう。ランターンが知るのは過去の彼女のみ。わたしは――彼女の前世から知っていて、彼女と共に生きてきたのだから。

(とにかく、これ以上レインに関わらないで。レインのことを想ってくれている人は他にもいる。その人と一緒になったほうが、レインは幸せなんだから)
「彼女の幸せをきみが決められないだろう? それは自己満足だよ」
(あなたこそ、女の幸せ一つを見守れないなんて、自己中心的よ)
「それが、人間だよ」

 しかし、きみは気付いていない。もうすでに遅いんだよ。そこの岩肌の裏で、彼女が息を呑んでわたしたちの会話を聞いていたことに、きみはきっと気付かない。





- ナノ -