128.何度も何度でも
この鋼鉄島で何か異変が起こっている。隣を見上げてそこにある、ゲンさんの鋭い眼光からみても、間違いなさそうだ。
「ゲンさん……」
「ああ。この島の波導が乱れている。ポケモンたちに何かあったのかもしれない。鋼鉄島の内部に行ってみよう」
「はい」
私たちは波導の乱れが感知される洞窟内へと足を踏み入れた。負の感情を宿した波導をひしひしと感じるせいか、いつもより寒々しい気さえもする。
いつもは洞窟外で修行をしているからそうわからないけど、久しぶりに入った洞窟はやはり薄暗くて、怖くて少しだけ震えてしまう。ランターンにフラッシュを頼むことも悩んだけれど、ゲンさんもいるのにこれくらいの暗闇で……情けないと思われてしまいそうで。
一人で恐怖心と葛藤していると、目の前にすっと手を差し出された。ゲンさんは、いつもの微笑を浮かべていた。
「よかったら、お手をどうぞ?」
「あ……ありがとうございます」
やっぱり、私が怖がっているって気付いていたんだわ。顔から湯気が出そうなくらい恥ずかしい。でも、その手を取ればぎゅっと握り返してくれて、羞恥心と引き替えに恐怖心は跡形もなく吹き飛んでしまった。
「相変わらず暗いところがダメなんだね」
「はい……」
「初めて会ったときみたいだね」
そう、始まりも暗闇だった。クロガネゲートを通るのを躊躇っていた私に、ゲンさんが声をかけてくれたのだった。……そういえば。
「ゲンさん」
「なんだい?」
「どうして、うずくまっている私に、一緒にゲートを通ろうと声をかけてくれたんですか?」
だって、もし人がうずくまっていたら、具合が悪いとか、そういったことを考えるはず。それが一般的でしょう?
それなのに、暗闇に震える私に気付き、手を差し伸べてくれた。あのとき波導を使われた? ……ううん、そんな動きは見られなかった。
「私が暗闇を怖がっているって、どうしてわかったんですか?」
「……」
「やっぱり、私たち、以前どこかで」
そこまで言い掛けたとき、人影が私たちの前に立ち塞がった。既に暗闇に慣れてしまった目は、それが誰であるかすぐに認識した。暗闇の中でも目立つ独特のファッションに身を包む二人は――ギンガ団だ。
「なるほど……ポケモンが騒ぐ理由はきみたちか」
「ギンガ団……!」
「この鉱山に、どんな理由でも騒ぎを持ち込んで欲しくないな」
「ふん! 俺たちは全てのポケモンを奪うのだ! なあ、相棒!」
「おう! というわけで、この寂れた鋼鉄島のポケモンを全部奪うぜ!」
今回の悪事はポケモンの乱獲、といったところね。ポケモンを必要以上に捕まえることは禁止されている。それに、彼らが、捕まえたポケモンに愛情を持って接するとは思えない。ただの道具としかポケモンを見ない人間にゲットされるなんて、ポケモンたちが可哀想だ。その計画、断固阻止しなければ。
それはゲンさんも同じ気持ちだったに違いない。ギンガ団の言葉を聞いた瞬間、ゲンさんのまとう空気がガラリと変わったからだ。青白いオーラが、静かな怒りの波導が、体中から発されている。
「全ての喜び、そして悲しみを分かち合う。それがシンオウに生きる全てのトレーナー、そしてポケモンの生き方だ。それを邪魔する者は許さない」
バチリバチリと、ゲンさんの手のひらから波導の波が放たれている。それを見たギンガ団が少し怯んだ。
「な、なんだおまえ!」
「怯むな相棒! 俺たちのポケモンで潰してやろうぜ!」
「さあ、レインちゃん! この勝負、絶対に勝つよ!」
「はい!」
私たちはルカリオとシャワーズを、相手はゴルバットとデルビルを繰り出した。
素早さが高いゴルバットが最初に攻撃を仕掛けてきた。しかし、少しの波導の変化により相手が何の技を出すか感知したルカリオが、ゴルバットのちょうおんぱを波導で防いだ。
「ルカリオ! ボーンラッシュ!」
「シャワーズ! ボーンラッシュにオーロラビーム!」
波導で作られた骨が、オーロラビームを受けて飛んでいく。氷漬けにされた骨が二匹を直撃した。弱点となるこおりタイプの技を受けたゴルバットは、一撃で戦闘不能となった。
そして、私が次の指示を出そうとしたとき、私の考えを感じ取ったルカリオは波導で自分の周りにバリアを張った。
「なみのり!」
辺り一面を大量の水が流れていく。なみのりは味方をも巻き込んで攻撃してしまう技だけれど、ルカリオのバリアによって味方へのダメージはゼロだ。波導を感知しあえたからこそできた、連係プレイだ。デルビルは戦闘不能になった。
「なんて奴らだ! まるで相手の次の行動がわかるような戦い方をしやがる!」
「撤収するぞ! 相棒!」
ギンガ団は戦闘不能のポケモンたちをモンスターボールに戻して、地上へと続く道を走り去っていった。
「レインちゃん。きみのおかげでギンガ団を追い払えたし、すごい技が生まれたよ。ありがとう」
「こちらこそ。ルカリオが波導を感知して自分の身を守ってくれたおかげで、シャワーズも全力でなみのりを放つことができましたから」
「……レインちゃん」
「はい?」
「きみにもらって欲しいものがあるんだ」
改まった口調でそう言われて、私は首を傾げることしかできなかった。
――平穏を取り戻した鋼鉄島を通り、ゲンさんの家へと帰る。ゲンさんは私にリビングで待つように言うと、いったん自分の部屋に籠もり、しばらくしたあとタマゴを持って出てきた。
「これは、ポケモンのタマゴですか?」
「そう。是非、今のきみに受け取って欲しいんだ」
「でも、大切なタマゴなんじゃ……」
「だからこそ、きみに孵してもらいたい」
ゲンさんがなぜこんなに必死なのかはわからない。でも、私自身なぜかそのタマゴに呼ばれているような錯覚を持ってしまった。私はタマゴをそっと受け取った。
「私がこの子の親になってもいいなら、喜んで」
「ありがとう。そのタマゴから生まれてくるポケモンに、いろんな世界を見せてあげて欲しい」
「はい」
「きっとこの子も、ずっときみを待っていた」
私の手の中のタマゴをそっと撫でるゲンさんは、今まで見た中で一番優しい表情をしていた。