126.知識の蔵書


 今日はミオシティ本土まで出て、ポケモンセンターにみんなを預けた。たまにはゆっくり治療を受けて、リフレッシュしてもらいたいから。みんなの回復が終わるまで図書館に行ってみたいとゲンさんに申し出ると、快く了承してくれた。
 海沿いにあるミオシティ図書館はシンオウ地方最大の規模を誇り、建物の一階から三階まで本がぎっしり詰まっていると聞く。その大半は、一般人には理解しがたい本らしいけれど、読みやすい本もいくつか用意されていて、シロナさんが話していたシンオウ地方の神話について知ることもできるらしい。
 一階に足を踏み入れた時点で、その規模の大きさを把握した。床から天井まで隙間なく埋め尽くされた本棚には、本がびっしり並べられている。上まで見上げるにはかなりの角度で首を傾けなければいけなくて、首が痛くなってしまいそうだ。
 近くの本棚を眺めていると、本を返しにカウンターへ行っていたゲンさんが戻ってきた。

「ゲンさんはどんな本を読むんですか?」
「わりと何でも読むよ。物語も読むし、哲学書も読む。今借りていたものは、ポケモンについての考察をまとめた本なんだ。なぜポケモンがモンスターボールに入るか、考えたことはあるかい?」
「いえ、全然……」

 音が響かないように絨毯式の床になっている階段を上がりながら、ゲンさんは小声で話を続けた。

「なんでも、ポケモンは小さくなることで弱った体力を回復させようとする本能があるらしい。そうしたポケモンの性質を元に、モンスターボールが作られたんじゃないかと、この本には書かれているんだ」

 階段を上り終えた三階には、一階にあるものより低い本棚が並んでいた。背表紙に書いてある本の題名も、柔らかい印象を受けるものが多く、取っつきやすい感じだった。

「ここの階の本は読みやすいと思うよ。シンオウ地方の伝説や神話が書き記された本がたくさんある」
「じゃあ私、この階にいてもいいですか?」
「ああ。わたしは一階にいるから」
「はい。またあとで」

 ゲンさんと別れたあと、私はいくつか目を引かれた題名の本を手に取り、窓際の明るい席に腰を下ろした。読もうと思ったのは、シロナさんに勧められた、シンオウ地方の神話や昔話について書き記されている本たちだ。
 ポケモンが草むらから飛び出す理由。剣を持った若者とポケモンの話。人と結婚したポケモンの話。今では考えられないようなことばかりが書かれている。これが真実なのか作り話なのかわからないけれど、本当だったら素敵だなと思うような話が多かった。
 その中で、特に印象に残る話がいくつかあった。

 シンオウの神話。
 『三匹のポケモンがいた。息を止めたまま湖を深く深く潜り、苦しいのに深く深く潜り。湖の底から大事なものを取ってくる。それが大地を作るための力となっているという』
 始まりの話
 『始めにあったのは混沌のうねりだけだった。全てが混ざり合い中心に卵が現れた。こぼれた卵より最初の者が生まれ出た。最初の者は二つの分身を作った。時間が混ざり始めた。空間が広がり始めた。さらに自分の体から三つの分身を生み出した。二つの分身が祈ると、ものというものが生まれた。三つの命が祈ると、心というものが生まれた。世界が作り出されたので、最初の者は眠りについた』

 この二つの神話を読んで、私はカンナギタウンで見た遺跡を直感的に連想した。遺跡の入り口に描かれていた二体が、時間と空間? 遺跡の最奥に描かれた壁画の三体が、心? そして、湖で眠るポケモンがこの三体のことなのかしら?
 もう一つ、この二つの神話に直接関連があるのかはわからないけれど、背筋が凍るような話に目が止まった。

 恐ろしい神話。
 『そのポケモンの目を見たもの、一瞬にして記憶がなくなり、帰ることができなくなる。そのポケモンに触れたもの、三日にして感情がなくなる。そのポケモンに傷を付けたもの、七日にして動けなくなり何もできなくなる』

 思わず、音を立てて本を閉じた。その本を隅にやって、私は次の本を目の前に持ってきた。数十ページほどしかない、本と言ってもおそらく児童書に入りそうな部類のものだ。
 しかし、その本の雰囲気は一目でわかるとおり子供向けではない。古い本だとは思うけれど、日に焼けた後や手垢で汚れた形跡はなく、ほとんど外部に持ち出されずに図書館の奥に眠っていたものだとわかった。
 表紙には、ズイの遺跡で見たような古代文字で、こう書かれていた。――『波導伝説』と。
 ゲンさんと約束した時間が近付いてきたので、私はそれを手に階段を下りていった。





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