125.一つ一つ確実に
海、岩、風、音、光。全てのものが波導を持ち、全てが異なる波長を放っている。それらを感じ分けることにより、もの同士の境界や感情の深淵をはっきりと知ることができるのだ。今はその訓練の真っ最中。
勇気を振り絞って岩から足を離した。海から顔を出す岩場を、視覚を奪われた状態で跳び渡る。目を閉じているけれど、波導により岩肌の輪郭が瞼の裏に映し出されている。
修行を重ねることで身についてきた、ポケモン以外にも働く『力』――これが、波導。
「っ! きゃ」
波導はちゃんと見えていた、感じられた。でも、濡れた岩場で足を滑らせた私はバランスを崩してしまった。
そのまま海に落ちてびしょ濡れになるかと思いきや、ワンピースの襟元をカクンっと摘まれて、私の両足は海面ギリギリでプラプラと揺れていた。
恐る恐る目を開ける。助けてくれたのはラプラスだった。
(ご主人、大丈夫?)
「ええ。ありがとう、ラプラス」
(トリトドンに聞いたけど、ご主人って運動音痴なんでしょ? 波導が使えるようになってきたっていっても、無理したらダメ! 運痴はそう簡単に直らないんだから!)
……なんだか、グサリグサリと頭を矢で射抜かれたような衝撃を感じた。純粋に私を心配してくれているからの言葉だとわかるけれど、だからこそ余計に突き刺さるのだ。
ラプラスは私の体をそっと砂浜に降ろしてくれた。浜辺では、ゲンさんが喉の奥で小さく笑っている。おそらく、最初から最後まで見られていたと思ってよさそうだ。
「確かに、波導を鍛えても身体能力が上がるわけではないしね」
「は、はい……」
「でも、波導の伸びはすごいよ。修行を始める前よりも、格段に波導の使い方が上手くなっている」
「本当ですか? みんなを波導で回復させてあげるとき、あまり疲れなくなってきたんですけど、自分ではよくわからなくて」
「気のせいなんかじゃないよ。確実に、きみは成長している」
いつものように目を細めて、薄い唇が緩やかな弧を描き、微笑。それと共に、ゲンさんはその手のひらで私の頭を数回撫でた。
時折、彼の指が、私の髪の間を滑る感触が、ある。私は思わず目を伏せてしまった。彼の目を直接見られなかった。
どうしよう、顔が、上げられない。顔が、火照って、仕方がない。心臓が、ドクドク、うるさいよ。
その時(マスター! あぶなーい!)というシャワーズの声が聞こえてきたので、二人でその方向に目を向けると同時に、ゲンさんは自分の体を僅かに傾けた。直後、水の塊がゲンさんのいたところを貫き、そのまま近くにあった岩を粉々に砕いた。
自分の顔色がサァッと青くなっていくのがわかる。反対に、一歩間違えれば顔が吹き飛んでいたかもしれないというのに、ゲンさんは涼しい顔をしていた。
「……!!」
「ははっ。いいハイドロポンプだ」
(今のはみずでっぽうのつもりだったけど)
(ランターン! ゲンさんに向けて撃っちゃ危ないよ!)
(今のはシャワーズが避けるからでしょ。それに、あの人には波導があるんだから避けられて当然)
「ランターン……! もう……すみません。なんだかあの子、妙に突っかかってばかりで」
「気にしないでいいよ。しかし、さっきのみずでっぽうの威力はなかなかだったね」
ゲンさんは、修行を続ける私のポケモンたちを見回した。
沖合では、なぜかトリトドンどジーランスがタッグを組んでいる。あの二匹、仲が悪いんじゃなかったかしら? 相手をしているのはミロカロスで、二体同時のなみのりをミラーコートで倍返しにしている。
シャワーズとランターンは引き続き一対一の勝負を、ラプラスは一撃必殺の命中率を高める修行に戻っていった。
それぞれが守りと攻撃の訓練を自主的にしてくれているから、私も波導の修行に集中できて本当に助かるわ。
「みんなも、だいぶん成長してきたみたいだ」
「ええ」
「また、わたしとバトルしてみるかい?」
「はい! ぜひ、よろしくお願いします。みんな! 集まって!」
そして、私たちは以前よりも好成績でゲンさんと戦うことができたのだ。