123.波導使い見習い


 ゲンさんとの共同生活を始めてから、初めての朝を迎える。今日から本格的に、トウガンさんに勝つための訓練に取り組んでいくことになる。しかし、今日は昨日のバトルを振り返りながら、それぞれ自主訓練に取り組んでもらうことにした。
 海辺で自主的に技の練習をしたり、体を鍛えているシャワーズたちとは別に、私はゲンさんと二人で波導の訓練をするのだ。なんでも、ゲンさんは確かめたいことがあるらしく、私をある場所に連れて行った。
 ゲンさんの家の裏にある岩の陰に、不思議な形をした花の蕾が静かに息づいていた。

「これは、お花……ですか?」
「そうだよ」
「不思議な形をしていますね」
「これに触れてみてごらん」

 言葉の意図はわからなかったけれど、私はゲンさんに言われる通り、その花の蕾にそっと触れた。すると、閉じていた花びらが開き、そこから光がジワリと周囲に広がった。
 瞳を覆う虹彩が、ぐわんと波打った気がする。何が起こったのか、ゲンさんに聞こうと慌てて振り向いたけれど、そこに彼はいなかった。違う、彼はいないけど、同じ存在ならいた。そこにいたゲンさんは私が知る彼よりもやや若く、ヒョウタ君くらいの年齢に見える。隣には当たり前のようにルカリオがいて、二人で波導の使い方を訓練しているみたいだった。
 広がっていた光が花へと戻っていく。全ての光を収納すると、花は再び花弁を閉じた。そこにいるのは、確かに私の知るゲンさんだ。ゲンさんは私の隣に座り込んで、優しい眼差しを持って不思議な花を見下ろした。

「時間の花」
「え?」
「大昔、シンオウとは別の地方に咲いていた花だよ。種が手に入ったから、植えてみたんだ。波導の力を持つ者が近くに来ると、そのときの周囲の状況を立体映像として記憶し、波導の力を持つ者が再びこの花に触れるとそれを再生する。波導使いに時の奇跡を見せる花とも言わている」
「すごい。そんな力が、この花に……でも、それって」
「そう。やっぱり、レインちゃんが使う力も波導と同じ性質みたいだね」

 私が、波導使い……?
 なんだか不思議気分だ。今まで長い間付き合ってきた不思議な『力』の正体がわかったのに、違和感などなくどこかしっくりとくる。すんなりと受け入れることができたのだ。
 ゲンさんは、私に波導という概念を一から教えてくれた。

 ――『波導』。それは生物、物質、森羅万象の全てが持っている振動波のことである。気やオーラに近く、存在の大元の性質を表すものだ。
 波導は思考や感情にも存在し、ポケモンであるルカリオとリオルは波導で相手を識別するらしい。同じ波導は生まれ変わりでもない限り、基本的に存在しない。
 波導使いと呼ばれる者のみが波導の感知や操作が可能であり、相手に波導を分け与えることで体力や傷を回復できるし、エネルギー波として波導を一点に集めれば攻撃手段や防御手段にもなる。ルカリオの技のはどうだんがいい例で、この前シャワーズを守ってくれたバリアも波導だ。
 波導には限界があり、限界に近付くと意識がなくなったり精神に疲労を感じ、さらに使えば体にダメージが受けてしまう。限界まで至らなければ体力のように回復可能だが、一度使い果たしてしまうと波導は回復することがなく、波導使いは死を迎えるという。

 そこまで聞いた瞬間、思わず身震いをした。限界を超えるまで使えば死んでしまうなんて、そんなことも知らずに『力』を、波導を使っていたなんて……。

「だから、わたしは波導の限界を高めたり、波導の消費量を減らす修行を常に行っているんだ」
「私とゲンさんでは、その限界がだいぶん違うんですね。この前、シャワーズを回復させてくれたときゲンさんは平然としていたけれど、私が前にラプラスを回復させたときは一人で立てないくらい疲労してしまって……」
「そうだね。それも、使うことによる慣れや修行で鍛えられるとは思う。今はポケモンに対してしか力を発揮しなくても、人間に対しても適応できるかもしれないし……」

 ゲンさんは少しだけ目を伏せて「知らないでいいこともあるけどね」と呟いた。それは、人間の心までもが読めるようになるということ?
 ポケモンの気を自然に感知できるように、笑顔を浮かべている人の真意まで感知できるようになるとしたら、それはある意味とても辛いことだと思う。
 ……それでも、私は。

「……私に波導の使い方を教えてください。よろしくお願いします。ポケモンたちだけ強くなっても意味がないんです。私自身も、もっと成長しなくちゃ」
「わかった。まずは、波導を使うことから始めよう。もし疲労しても、わたしが波導を分けて回復させてあげられるからね」
「はい」

 人間にも波導を分け与えることができるのなら、ゲンさんはすでに知っているんだ。人の本当に醜い部分――心の闇や負の感情までも。





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