120.遠路を経て限りなく傍へ


「本当に久し振りだね」

 ゲンさんはシャワーズに手をかざしながら、クロガネゲートで出会ったときに携えていた微笑を私に向けた。彼の手から放たれる青白い光がシャワーズを包んでいる。念の為に、とシャワーズを回復してくれているのだ。このとき私は、私の『力』と同じで、波導も回復効果の力があるのだと初めて知った。

「旅は順調かい?」
「は、はい。……あの、えっと、ロストタワーで助けてくれたって、シャワーズから聞いて」
「ああ。偶然だったのだけど、通りかかって本当によかったよ」
「あの、ありがとうございました」

 頭を下げたまま、私はゲンさんの革靴の先をじっと見つめた。
 ここが暗がりでよかった。明るみでは、きっと、顔の赤みがバレてしまっていた。もしかしたら、気付かれているのかもしれないけれど。
 なんだか、顔が火照ってうまく喋れなくて、もどかしい。

「ゲンさんは、あの、鋼鉄島には修行に?」
「そうだよ。ここにははがねタイプのポケモンが生息しているから、わたしのはがねタイプの手持ちたちのいい訓練相手になるんだ。もちろん、わたしにとってもね」
「ゲンさん、も?」
「はがねポケモンを使うトレーナーがはがねポケモンと戦うのは、自分と戦うようなものだから。他人よりも自分に勝つことのほうが難しいからね」

 深みを持つ声色でゆっくりと語られると、その言葉に自然と説得力が生まれてきた。ゲンさんは私よりも少し年上くらいだと思うけれど、なんだか、とても長い時を生きているような人が持つ雰囲気を持っているような気がした。

「レインちゃんも、ここへは修行に来たのだろう?」
「え?」
「トウガンさんから聞いたんだ。鋼鉄島が廃鉱になってしばらく経つ。たまに整備に人が来ているけれど、地盤が弛んだりリフトが落下する事故もたまにあって、女性が一人では危険だから。よければ修行相手になってやって欲しい、と言われてね」
「ええっ!?」
「トウガンさんに聞いたときは驚いたよ。まさか、レインちゃんだなんて。こんな偶然もあるんだね」
「で、でも、なんだか悪いです! 私、しばらく鋼鉄島に通うつもりですし」
「付き合うよ」
「わざわざここまで来ていただくのは……」
「それなら心配は無用だよ。わたしの家は鋼鉄島にあるからね」

 え? 今の私の顔は相当間抜けだったに違いない。ゲンさんはクスクスと可笑しそうに笑ったあと、いつもの微笑を浮かべた。
 なんでも、ゲンさんは鋼鉄島の外れにあるトウガンさんの別宅を借りて、そこに住んでいるらしいのだ。

「なんなら、わたしの家を拠点に修行をすればいい」
「……ええぇっ!?」
「……ああ、すまない。変な意味で言ったわけではないんだ。ミオシティから毎日通うとなると連絡船は一日に二本しかなくて不便だと思ってね。ポケモンセンターはなくても波導で回復できるし、家の部屋は余っているし、ちゃんと鍵もついているからどうかなと思ったのだけど」
「いえ、そういう心配は全然……あの、本当に、いいんですか?」

 返事の代わりに、ゲンさんは微笑みを返してくれた。
 思いがけない展開に戸惑いつつも、嬉しさのほうが勝ってしまい「ありがとうございます、よろしくお願いします」と頭を下げた。これで本格的に修行ができるし、それに、ゲンさんについて何かわかるかもしれない。
 そして、ここを出るときに全てを聞いてみよう。ゲンさんが知る、私たちの全てを。





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