118.強さの再構築


 目の前が真っ暗になるとは、きっとあのときのような状態を指すのだと思った。最後にジーランスが戦闘不能になった瞬間、私はトウガンさんと満足に言葉を交わさないまま、ポケモンセンターに走り帰った。
 今、みずポケモンを治療するための巨大な水槽の中で、みんなはゆっくり体を休めている。その姿をガラス越しに見つめていると、私の口は謝罪の言葉しか出てこなかった。

「ごめんなさい。みんな、痛かったわよね」

 旅に出て初めての敗北だった。辛い、悲しい、情けない、悔しい。初めての感情ばかりが胸の中で膨らんでいく。
 自分の力を過大評価していたわけでも、相手の力を侮っていたわけでもない。ただ、ここまで完膚なきまでに叩き潰されるとは思わなかった。

「ごめんなさい……私が、もっと対策を練っていれば……」
(違う)
「ランターン」
(レインの勉強不足とかじゃない。ジムリーダーが言ったとおり、ジムリーダーとレイン、ジムリーダーのポケモンたちとわたしたちの間に、レベルと、何よりも経験の差がありすぎた)

 私のポケモンたちは、トウガンさんのレアコイル一体に全て倒された。弱点であるでんきタイプの驚異と、はがねタイプの飛び抜けた防御力、何よりトウガンさんのジムリーダーとしての経験値の高さに敵わなかったのだ。

(経験の差は埋めようがないけれど、勝ちたいならもっと強くならなくちゃ。わたしたちも、レインも)
「ランターン……」

 ランターンの言葉に、みんながコクリと頷いた。勝ちたい気持ちはみんな同じだった。
 最初は、ジムバッジを手に入れることは、旅のついでにどれくらいの強さがあるか確かめるためだった。でも、ジムリーダーに勝って強さの証を手に入れることも、いつしか旅の目的の一つになっていたのだ。

「あ……トウガンさん」

 ロビーに戻ると、そこにトウガンさんがいた。私の姿に気付いたトウガンさんは、片手をあげてこちらに近付いてきた。

「トウガンさんもポケモンたちの回復を?」
「ああ。バトルの合間はジム備え付けの簡易的な回復装置を使うんだが、やはり一日の疲れはポケモンセンターでしっかりとってもらわんとな」
「そうですね……トウガンさん。さっきはバトルのお礼も言えないままジムを出てしまってすみませんでした。私、鍛え直してからもう一度ジム戦にチャレンジしに来ます。そのときはまた相手をしてください。お願いします」
「グハハハ! もちろんだとも!」

 不快な顔一つすることなく、トウガンさんはゴツゴツした大きな手で私の頭をくしゃくしゃと撫で回した。

「そうだな。ポケモンたちを鍛えるなら鋼鉄島がいいぞ!」
「鋼鉄島?」
「ああ。ハクタイシティの沖合に浮かんでいる小さな鉱山の島だ。かつては鉱石がよく採れる鉱山として栄えていたが今は鋼も採り尽くされて、野生のポケモンや己を鍛えるトレーナーしかいない。わたしもよくポケモンを鍛えに行くのだが、そこの野生のポケモン相手ならいい修行になるぞ!」
「わかりました。明日、早速鋼鉄島に行ってみます。教えてくださってありがとうございました」
「おお! 頑張れよ! ……しかし、鉱山で女性が一人だと何かと危ないかもな……」

 トウガンさんは髭を掻きながらそう呟いたけど、少しの危険くらい乗り越えられないと強くなれないと私は思う。明日は朝一番に鋼鉄島へと出発して、しばらく修行をしよう。
 私も、みんなも、強くならないと、次の街に進めない。さらに続く旅では今まで以上に過酷な道が広がっていないとも限らない。
 強くなる、心も体も。これから先、何が起こっても挫けてしまわないように。





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